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アジアの一期一会

第17回 駅のプラットホームに寝る子を見て
2017-12-01. 小牟田 哲彦
 現代の日本ではほとんど目にしないが、外国では路上で見かけることが少なくない存在の一つに、物乞いがある。貧富の差が激しい国では、金持ちとみなされる外国人観光客に寄ってくる物乞いを頻繁に見るし、路上に容器を置いてただ座っているだけの物乞いもいる。ちなみに日本では勤労が国民の三大義務(教育、勤労、納税)の一つであることから、「こじきをし、又はこじきをさせた者」は軽犯罪法によって処罰対象となっている。生活の本拠となる住所がないホームレスは日本でも珍しくないが、日本のホームレスは物乞いをしない。

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ミャンマー中部・マンダレー駅の深夜のプラットホーム上で夜を明かす人たち。左下に親子が寝ている
 私が初めて訪れたアジアの国は中国で、1990年代半ばのことだったが、入国して最初に驚いたのがこの物乞いの存在だった。北京でも小さな子を抱えた女性に会ったし、当時はまだイギリス領だった香港から歩いて国境を越え、深圳に入国したとたんに腕に障害を持つ男性が速足で近寄ってきたシーンは今でもよく覚えている。大学2年生だった当時の私は、漠然と、「社会主義の国では、裕福ではないが最低限の生活はみんな保障されているらしい」と認識していた(今思えば恥ずかしいくらいに国際情勢に疎かった)ので、ある種のカルチャーショックであった。それから20年が経過し、大きく経済成長した今の中国を旅行すると、そういうことを街頭で考えさせられる機会は減っている気がする。

 物乞いやホームレスを好きでしている人はいないはずだが、それが本人の問題なのか当該国の社会構造の問題なのかは一概に断定できない。実際に目にする物乞いに全て善意の施しをしていたら、携帯している旅費がすぐに底をついてしまう、という自分の事情もある。だから、貧富の差が大きい外国へ行っても、その国の社会問題の詳細を関知しない圧倒的大多数の外国人観光客は、その種の人たちには目を向けないし、見なかったことにしようとする。少なくとも私はこれまでそうして旅行を続けるしかなかったし、一人旅をしていて現地で別の日本人旅行者と一緒に行動する機会はこれまで数え切れないほどあったが、誰もが同じように、そういうことにはいちいち関心を払わないようにしていた。冷酷と言われようが、それが現実だと思う。

 ところが、軍事政権から文民政権へ移行した後のミャンマーで、列車の発着がない深夜に駅のホームを訪れたとき、ホームの真ん中に集団で寝転がる複数の家族の姿を見て、私は初めて感情移入のような心情を抱いた。

 階段の上からホームに降りようとすると、その目の前に彼らが寝ているのでどうしても寝ている姿が視界に飛び込んでくる。熱帯の暑苦しい夜なので、大人の女性は薄い毛布をかぶっているが、小さな子供は硬いコンクリートのホーム上に敷いたゴザやビニールシートにそのまま寝転がっている。子供特有の寝相の悪さで、男の子の1人はビニールシートから足が出たまま寝ている。その寝ている子供たちの様子が、ふと、今頃は日本の我が家で寝ているであろう自分の子供たちとダブって見えた。

 そのときの心情は、端的には形容し難い。ただ、好奇心ばかりが先行して世界を歩き回った10代、20代のときには、同じような光景を幾度となく目にしても同じようには感じ得なかった。年齢や経験を重ねると同じ場面を見ても抱く感想が異なることの実例であると同時に、現地で生きる等身大の人の姿が、雄大な景色や絢爛な美術品、壮大な遺跡よりも旅行者の心を揺さぶったささやかな私的体験の一例でもある。