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アジアの一期一会

第4回 平壌のカラオケバーで書いてくれた「人」という漢字
2016-11-01. 小牟田哲彦
 北朝鮮への観光旅行ではガイド無しの自由行動が基本的に認められない。そのため、一日の観光スケジュールが完了して夕食を終えた後、ナイトライフをさらに楽しもうとするときも、ガイドに付き添いをお願いしなければならない。北朝鮮にナイトライフなんて概念があるのかどうかは別にして、首都の平壌には外国人専用ホテルの外に、一般市民も金さえ払えば利用できるらしいカラオケバーなどがけっこうある。ホテルの中にも深夜まで営業しているバーなどはあるのだが、21世紀に入ってから、そうした店舗が市中に少しずつ増え始めた。

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平壌市内で見た食堂のポスター。真ん中の横書き文字の下段は「ヤキトリ」で、日本語の「焼き鳥」がそのまま通用している
 数が増えてくれば、国営旅行社に勤務するガイドの誰もがそのすべてを知っている、ということが難しくなる。そうなると、どの店がサービスが良いとか良くないといった情報の有無や正確性は、ガイドの力量(?)に左右されることになる。北朝鮮旅行では事前にガイドが誰かを選ぶことはほぼできないから、どんな体験ができるかは運によるところが大きくなる。とんでもない高額な外貨を要求するぼったくりバーのような店へ連れて行かれて大金を支払わされた、という人もいるし、知る人ぞ知る小さな存在だがその分サービスはよい、という店へ案内された人もいる。

 平壌滞在中のある夜、集合住宅の一部の部屋を改装したと思われるような、隠れ家的なカラオケバーに連れて行ってもらったことがある。もちろん、こそこそやっている非合法の店などではないが、周辺に明りが少ないのではっきりした場所はわからず、現地にも看板などは見当たらなかった。

 小さな店内で、中国製のカラオケセットのマイクを数人の客が代わる代わる回して歌う。そのうち、私にもマイクが回ってくる。私が朝鮮語で歌える曲目などたかが知れている。ためらっていたら、店員の中年女性が小さな紙片に「こんな歌もあるけど、どう?」と曲名を書いて差し出してくれた。もちろん朝鮮語なのだが、最後の一文字だけ、「サラム」を意味する部分が「人」と漢字で書かれていたのだ。日本語通訳を除いて、北朝鮮の一般市民が漢字を使う場面に遭遇したのは、このときが初めてだった。ガイドを含めた私たち一行が日本語で会話をしている様子から、私を祖国訪問中の在日朝鮮人と認識して、在日同胞なら漢字が入っていた方が通じるだろうと思って書いてくれたらしい。

 その後も、まだ学生っぽい若い男性が歌い終わって「上手でした」と朝鮮語で声をかけたら、彼は照れくさそうに日本語で「ホントニ、アリガトウゴジャイマシタ」(朝鮮語では日本語の「ざ(za)」に相当する音がない)と笑顔で答えたので、こっちの方が驚いたこともあった。これまた、私たちが在日同胞だと思ってくれたからこその反応だったのだろうが、他国の文字や言葉は、生活上の必要性か、あるいはその国へのプラス要素を含む興味や関心がなければ、普通は覚えないだろう。その意味で、たった一文字の漢字と片言の日本語ではあったが、北朝鮮の一般市民の中に、実は日本という国への(マイナス一辺倒ではない)興味や関心が潜在しているケースが少なくないのではないかと感じさせてくれた一夜の体験であった。それが酒の上での錯覚かどうかは、今のところ確かめようがない。