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アジアの一期一会

第3回 「地球の歩き方」に写っていたパキスタンの老爺
2016-11-01. 小牟田哲彦
 中国と陸上で国境を接する国は14ヵ国。このうち、今のところ10ヵ国との間で、一般の外国人旅行者がその国境を越えることができる。中国自体の旅行事情の向上と隣国の政情安定などに伴い、1990年代以降、旅行者に開放された国境は徐々に増えている。

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カラコルム・ハイウェイを走る日本製中古ワゴンの乗合バス。この中に最大で15人近くが乗り込む。
 その中でも、比較的早い時期から外国人旅行者にその名を知られていたのが、中国とパキスタンを結ぶカラコルム・ハイウェイだ。新疆ウイグル自治区のカシュガルから、中パ国境に聳える標高約4,700mのフンジュラーブ峠を越えて首都イスラマバードまで約1,300kmの道のりを、積雪のため国境が閉ざされる冬を除き、バスを乗り継いで2泊3日程度で走破できる。長距離旅行者用の大型バスでゆったり過ごせることもあれば、ワゴン車を転用した乗合バスの狭い車内に10人以上が肩を寄せ合いながら、峠の難路を長時間ひた走ることもある。パキスタン側の山間部の乗合バスは、道路の通行ルールが日本と同じ左側通行ということもあり、日本から持ってきた中古自動車を転用して運行しているケースがある。

 パキスタン北部のギルギットからこの中パ国境へ向かうバスも、そんな日本製のワゴン車だった。狭い車内では、乗り合わせた者同士のお喋りが弾む。パキスタンの国語であるウルドゥー語がわからず、顔かたちも異なる私は、ほどなく異邦人と知れる。日本製中古車の優良さのおかげか、日本や日本人への印象は総じて良好な国である。

 私が日本人であると知った近くの席の老爺が、小さく丁寧に折りたたまれた紙片を懐から取り出して、私に見せた。それは、数年前に発行されたらしい旅行ガイドブック『地球の歩き方』の巻頭グラビアページの切り抜きだった。驚いた私が「何でこんなものを持っているのか」と尋ねると、彼はニコニコしながら「もっとよく見ろ」と言って紙片を指差す。その指先を見て、私はもう一度驚いた。そこに大きく写っていたのは目の前のじいさんだったからである。

 同乗の他の旅客もみんなその紙面を覗き込み、彼は得意げに何やら解説をする。ウルドゥー語だからその詳細はわからないが、察するに、このカラコルム・ハイウェイの沿線に住んでいる彼は、かつてこの乗合バスでたまたま同乗した日本人旅行者から、自分が写っている旅行ガイドブックを見せられて大いに喜んだ。そこで、その旅行者がそのページをその場で切り取って彼にプレゼントし、彼はそれをきれいに折りたたんでいつも持ち歩いていたのだ。彼は、遠路はるばるやって来た日本人旅行者と出会うたびに、この大事な1ページをいつも見せているのかもしれない。


 あれから15年が経ち、最近は重くてかさばる紙のガイドブックを持たずにスマホやタブレットで何でも検索しながら行動する旅行者が増えた。旅先の出会いはデジカメを使えばその場で画面を確認できるし、画像を共有できるようにもなった。便利になったのは有難いことだが、昔ながらの紙の旅行ガイドブックには、こんな旅先の出会いを演出する力があるのだ。少なくとも、私の前に同じ山道を旅した日本人の誰かと『地球の歩き方』の誌面のおかげで、パキスタン北部の山奥に、日本人への小さな親近感を抱き続けるパキスタン人が確かに1人増えたと言っていいのではないだろうか。