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アジアの一期一会

第2回 台湾で昭和20年の日本語に触れる
2016-09-01. 小牟田哲彦
 外国を旅行していて現地の人に日本語で話しかけられる機会が多い地域といえば、台湾が筆頭クラスに挙げられる。かつて日本が統治して外地と呼ばれた旧植民地では、日本統治時代に日本語教育を受けた高齢者が、昔取った杵柄の日本語で日本人旅行者に話しかけてくることがよくある。実は、同じ日本統治下にあった韓国でも、実際に日本統治を経験した世代の年長者から日本語で話しかけられることはけっして珍しいことではないのだが、韓国では社会一般の雰囲気として老人が日本統治時代に学んだ日本語を大っぴらに話しづらい雰囲気があるらしいのに対して、世界有数の親日国ともいわれる台湾ではそういうことはない。戦後すでに70年以上が経過しているが、台湾はそうした”元・日本人”と旅行者が遭遇するチャンスが最も多い場所である。複数の少数民族が暮らす山岳地の集落では、異なる民族間の共通語として、高齢者の場合は今でも日本語が用いられている場合さえある。

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新北投温泉の公衆浴場に掲示されている日本語での入浴注意文。「秋田県の玉川温泉と同様です」とあり、秋田出身の日本人が書いたのかもしれない。
 そうした”元・日本人”と実際に日本語で話してみると、流暢な日本語なのに、日本で日本人と話しているときとの違和感を覚えるケースが、私の体験上多くある。彼らの話す日本語で用いられる単語や言い回しの中に、21世紀の現代日本ではあまり耳にしないものが含まれているからだ。そして、彼らが日本語で話す戦前の台湾の話は、たいていの場合、私たちが学校の近現代史の授業で教わって来なかったナマの生活史でもある。

 手紙をはじめ、彼らがしたためる日本語の文章になると、この違和感はなお顕著になる。旧字旧仮名遣いの文面を見せられて、「最近は日本語で文章を書く機会が少ないが、私が書いた日本語の文章はきちんとしていますか」と尋ねられても、旧仮名遣いのルールを学校で教わらなかったこちらの方がきちんと回答できなかったりする。台湾で高齢者たちが身近な者同士で語り継ぎ、書き継いできた日本語は、昭和20年8月15日で時間が止まった70年以上前の日本語であり、戦後の日本を経験してきた日本の同年代者の日本語とも微妙に異なっている。彼らの日本語と接していると、戦前の日本人、つまり自分の祖父母たちも、若い頃はこういう日本語を使っていたのだろうか、という感覚に捉われる。

 台湾旅行でのこうした体験談は珍しいことではなく、台湾を訪れる日本人観光客が増えていった昭和の終わりごろから頻繁に聞かれた話である。ただ、当時と現在とで異なるのは、終戦から時間が経つにしたがってこうした言葉の差が徐々に広がったこと、そしてそれと反比例して、戦後70年を超えて、学校で日本語の教育を受けた台湾人はすでに80代半ば以上になり、着実にその数が減っていることである。


 「台湾へ行けば日本語を話すお年寄りがたくさんいる」という台湾旅行のガイドブックに載っている記述は、あと10年もすれば自然に消滅していくことだろう。近時の台湾旅行の人気の高さを見るたびに、ここ数年のうちに台湾を訪れる1人でも多くの日本人観光客が、わずかな時間でもいいから、現地で”元・日本人”と接する貴重な機会に巡り合えてほしいと願っている。