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アジアの一期一会

第12回 バングラデシュの国境駅で「男声合唱団」に飛び入り
2017-07-01. 小牟田 哲彦
 アジアのどの国へ行っても今や外国人観光客が珍しくない時代になったが、日本人旅行者が比較的最近まで足を運ばなかった国の一つがバングラデシュだ。アジアの大半の国がカバーされている旅行ガイドブック『地球の歩き方』でも、バングラデシュ版が登場したのは2010年になってから。国内が戦乱で旅行どころではないアフガニスタンやイラクと同じ扱いだったのだ。

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ドルショナ駅に集まってきた近所の住民たち
 私が同国を初めて訪れたのはそれよりずっと前の2001年。地方では外国人旅行者に会う機会が一度もなく、非バングラデシュ人の私はどこの街へいっても、ただ歩いているだけで物珍しげな眼で注目を集め続けた。

 西部地区の国境を越えてインドへ向かおうとしていた私は、ドルショナという国境駅の駅長室を訪ねて一夜の安宿を紹介してもらい、ついでに室内で一休みさせてもらいながら駅長たちとの雑談に興じていた。すると、「駅長室に日本人がいる」と聞きつけたらしい駅周辺に住む子供や若者たち(いずれも男性。イスラム国のバングラデシュでは、市場での買い物時などを除いて、男性が集まっているところに女性の姿を見ることは少ない)が、室内外から私のことをジロジロと見ていた。

 そのうちの1人の男性が、「自分は歌のサークルをやっているのだが、一緒に来ないか」と私を誘ってくれた。すでに日没後で辺りは真っ暗闇。闇夜の中を知らないところへ連れていかれるのはどうも……と思っていたら、「サークル」の場所は何とその駅の反対ホーム上にある倉庫のような小屋の中だった。ゴザが敷かれた室内には20代から30代の男性ばかりが10人ほど車座になっていて、「先生」を務めるやや年長の男性が蛇腹付きの鍵盤楽器で朗々と歌い、続いて座っている若者たちが順番にいろんな歌を歌っていく。

 淹れたての甘いチャイが私も含めて人数分持ち込まれ、私はそれをすすりながらみんなの歌を黙って聴いていた。演歌のような哀調を伴ったものや、威勢のよい祭りの歌などが繰り返され、1人が歌うと他の同席者たちも一緒に歌う。日本なら花見で酒を飲みながら高歌放吟するような場面かもしれないが、イスラムの世界に酒はない。蒸し暑い熱帯の夜でも、額に軽い汗を浮かべながら甘くて熱いチャイをみんなで少しずつ飲むのが彼らの日常だ。

 英語でさえ互いの意思疎通は円滑ではないが、音楽だけでなく、サッカーの話題も世界共通語だ。翌年に日韓ワールドカップを控えていたこの当時は、中田英寿選手の名前は彼ら全員が知っていた。こんな名も知られていない東南アジアの片田舎でもその名が広く知れ渡っているのだから、中田選手も、そしてサッカーという競技もすごいものだと改めて感じた。他にも、宗教を聞かれ(「無宗教」という回答はイスラム世界では理解されにくいので、実家の仏壇を思い出しながら仏教と答えた)、アメリカについて問われ(イスラム世界ではアメリカのブッシュ大統領よりイラクのフセイン大統領の方にシンパシーを感じる人が多いと聞いてはいたが、彼らもその典型のようだった)、日本の自動車や家電製品の質の高さを褒め称えられた(これは世界のどこへ行っても同じ)。

 結局、未明まで、チャイ2杯をいただいて終宴までそこにいた。最後は、ドルショナ駅構内男声合唱団(?)全員で肩を組みながら「ショナル・バングラ(黄金のベンガル)」という名のバングラデシュ国歌を高らかに歌い上げて、突然現れて体験レッスンに参加した日本人旅行者を送り出してくれたのであった。