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アジアの一期一会

第10回 ウズベキスタンの青年たちはアメリカに憧れていた
2017-05-01. 小牟田 哲彦
 中央アジアの国々がかつてソ連邦に属していた頃は、ロシア人以外の民族にとって共通語はロシア語だった。現在ではほぼ全世界で事実上、国際公用語としての扱いを受けている英語を多少なりとも扱えるソ連国民は、極めて特殊な立場に属する少数の人たちだけだった。したがって、ロシア語ができなければ、仮にソ連を自由に旅行できたとしても、ソ連国民とコミュニケーションを図ることはほとんど不可能だった。

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タシケント発サマルカンド行き急行列車のカフェ・カー車内
 だが、ソ連が崩壊すると、ロシアからの独立意識の強まりや旧西側諸国との交流機会の増加などによって、英語を学ぶ人が若者を中心に増えた。自ら外国語を学ぼうとする人は、もともと好奇心旺盛である。ソ連世代と異なり、彼らには心理的なベルリンの壁もない。

 ウズベキスタンの首都・タシケントから古都サマルカンドへ向かう急行列車には、カフェ・カーが連結されていた。そこで、サマルカンド在住の20代前半の青年が話しかけてきた。最初の会話のきっかけはもう覚えていない。実家はサマルカンドの観光名所でもあるレギスタン広場近くで「フォトショップ」をやっているとのこと。彼は友人5人と一緒のグループのリーダー格のようだったが。他のメンバーも全員が多少なりとも英語を解した。私自身がそんなに英語が達者ではないので、「多少なり」のレベルで私にとってもちょうどいいのだが、彼らの中には「もうすぐアメリカ留学へ行くんだ」という大柄の青年もいた。

 私が日本人だとわかると、「朝鮮語はわかるか?」と尋ねてきた。学校で、第二外国語として朝鮮語を選択しているのだという。ウズベキスタンの学校で英語の次に学ぶ外国語として朝鮮語を選択するという発想は、日本人の私にはすぐに理解できるものではなかった。だが、ウズベキスタンの街を走る自動車の多くは韓国製だし、もともとこの地域にはソ連時代に強制移住させられてきた朝鮮族の子孫が多い。同国からは同じように離れた場所にあるけれども、国家の存在感としては、日本より韓国の方が身近なのかもしれない。

 とはいえ、彼らにとって、ロシアやカザフスタンなど周辺の旧ソ連諸国と違って、韓国や日本のような旧西側諸国は遠い存在である。ましてや、かつてソ連と対峙したアメリカは、私たち日本人観光客がノービザで気軽にハワイへ行く感覚とは比較にならないほどの遠さらしい。アメリカ留学を控えた青年は、大使館でビザを取得したときにパスポートを開いて撮った記念の画像をデジカメの中に保存していた。それを私に見せながら、「ウズベキスタンでアメリカ行きのビザを取るのは、本当に難しいんだ。わかるかい?」と嬉しそうに語った。

 数日後、サマルカンドの街で、私は彼らがまた集まっていた「フォトショップ」を訪れた。「フォトショップ」は写真屋の一般名称かと思ったら、本当に店の名前が「フォトショップ」だった。ただし、その名を掲げる看板はキリル文字。彼らの両親の世代には、まだまだキリル文字やロシア語の方が第一外国語としてなじみ深いのだろう。第一外国語として英語を学び、アメリカに憧れる我が子の世代をどう見ているのか、ロシア語のできない私がその感想を直接彼らの両親に尋ねることは、もちろんできなかった。