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アジアの一期一会

第8回 樺太の市場で売っているキムチの由来
2017-03-01. 小牟田 哲彦
 昨年末のプーチン大統領来日以来、北方領土問題の進展ぶりに注目が集まっているが、日本の北方には北方四島や千島列島と並んで、領土問題が日露間で決着していない地域がある。樺太島の北緯50度線以南、かつて日本が統治した南樺太だ。現実にはロシアが実効統治しているし、日本も豊原(ユジノ・サハリンスク)に総領事館を開設しているのだが、それでもなお、「日本はサンフランシスコ平和条約で南樺太の領有権を放棄したが、ソ連は同条約を調印しておらず、日本との間でその帰属先がロシアであることを認める平和条約等も締結していない。したがって、南樺太の帰属先は確定していない」というのが、今も日本政府の公式見解となっている。

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ユジノ・サハリンスク駅近くにある旧拓銀豊原支店の建物。 現在はサハリン州立博物館として使用されている。
 戦後は長らく日本人の訪問が認められず、ソ連崩壊前後の時期になってようやく日本人観光客が訪問できるようになった。とはいえ、ロシア旅行には原則として旅行会社の事前手配を経たビザ申請が必要で、思い立ったらビザなしですぐ行ける台湾や韓国、中国に比べると手間がかかる。もっとも、事前手配旅行と言っても現地の旅行ガイドが四六時中張り付いて案内してくれるわけではないので、宿泊先と移動手段だけ決めておけば日中は自由に行動できる。

 江戸時代末期に間宮林蔵が探検するまで島であることさえはっきりせず、明治以降もロシアは流刑地とし、日露戦争後に日本が拓殖に乗り出した樺太には、古くからの史跡類は少ない。日本人観光客の関心が高いのは日本統治時代の痕跡だが、残っているのは郊外にある神社の跡くらいで、戦後70年を経て、多くはロシアとなった風土の中に消えつつある。

 建物だけでなく、樺太には戦後、何らかの事情で内地へ引き揚げることができなかった日本人や、日本の敗戦によって突如日本国籍を失い内地へ渡れなくなった残留朝鮮人がいた。そうした人たちも多くは鬼籍に入っているし、そもそも通りすがりの旅行者が出会う機会などめったにないのだが、ユジノ・サハリンスク駅の北側にある露天市場で、その貴重な機会に遭遇した。キムチを売っていた店の前で足を止めたら、売り子をしていた老齢の女性2人が、「とても美味しいよ、どう?」と、やや覚束ない日本語で話しかけてきたのだ。商売のために使いこなす片言の日本語ではなく、明らかに、昔覚えた日本語を思い出しながら話している口ぶりである。外国人観光客向けの洒落た土産物など売っていない場所なのだが、私が日本人旅行者であることは雰囲気からわかったらしい。こちらは、他の場所で彼女たちに出会っても、日本語を解する残留朝鮮人だとは全くわからないだろう。他のいかなる食料品でもなく、「キムチを売っている」というところが遭遇のポイントである。

 ロシア統治時代以前の樺太には朝鮮人はほとんど居住していなかったから、現代の樺太の市場でキムチが売られているのは、明らかに日本の樺太統治と敗戦の影響と言ってよいだろう。売り子は日本語を解さない世代へ移行しても、観光客が市街散歩の最中に市場を覗いて買い物を楽しむとき、ロシア語でなく朝鮮語が通じ、もしかしたら親の世代から聞いた片言の日本語も通じるかもしれない機会は、これからもしばらくは続くと思われる。