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チャイナ・エクスペリエンス

中国で人気抜群のお笑い芸人郭徳綱の孤軍奮闘 (上)
2017-12-26. 戸張東夫(ジャーナリスト)
 わが国の昨今の落語ブーム、寄席ブームはいつごろ始まったのであろう。寄席や演芸場以外のいろいろな場所で落語会や独演会が花盛りである。だが聴きたいと思うと大抵入場券を買うことが出来ない。そんな経験をお持ちの方は少なくないのではなかろうか。中国でもいまお笑いブームだという。やはり入場券が買えないとこぼす声を時々耳にする。たかがお笑いというなかれ、中国ではダフ屋も出没しているという。

<中国でお笑いといえば、相声(シァンシォン)である>

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郭徳綱(左)と筆者。郭の東京公演当日会場の楽屋で。
 相声は中国で昔から盛んな笑いの伝統文化。わが国の落語や漫才によく似ている。この相声のブームがここ10年以上続いており、衰える気配が全く感じられないというのだ。相声は共産党政権の中華人民共和国ができる1949年以前から民衆に親しまれており、共産党政権になってからもラジオやテレビを通じて中国全土で聴かれていた。相声は舞台の上に立つ二人の芸人が立ったままの姿勢で掛け合いの形で話を進める。見たところ漫才に似ているからであろうか中国漫才と翻訳している。だが話す内容はストーリー性が強く、テーマもはっきりしており落語に近い。芸人一人や三人という形もあるが、二人のコンビがいちばん多いようだ。

<郭徳綱初の東京公演に四千人のファンが殺到>  
                  
 相声を語る芸人でいま最も売れているのが郭徳綱(クオトォカン)である。多くの著名な相声芸人を輩出した天津の出身。1973年1月生まれ、44歳。2005年から2006年にかけての公演をきっかけに認められ、マスコミに大々的に取り上げられたことからたちまち相声界のスターとなり、郭徳綱ブーム、相声ブームを巻き起こした。その後も人気は衰えずいまなお相声界のフロントランナーとして中国内外で活発な活動を展開している。

 郭はこの夏日本を初めて訪れ東京公演を実現させた。東京のど真ん中の五千人収容可能な大ホールを会場に選び、入場料も歌舞伎座顔負けの高額に設定したにもかかわらず、当日は四千人を超すファンが詰めかけ関係者を驚かせた。そういえば郭にはインターネットを通じたファンがとくに多いと聴いたことがある。それなら日本にたくさんのファンがいても決して不思議ではあるまい。これは余談だが、郭徳綱ファンを“綱絲(カンス)”と呼ぶ。筆者もこれを知ってはいたのだが、なぜ綱絲なのか分からなかった。友人の中国人によると中国ではファンのことを“粉絲(フェンス)”というのだが、その「粉」を郭徳綱の「綱」に変えたのだという。こんな“専門用語”が生まれるのも郭徳綱人気の反映なのであろう。

 東京公演の会場の楽屋で筆者がお会いした郭徳綱さんは予想していたよりずっと小柄だった。小太りで童顔、笑うといたずらっ子のような愛嬌がある。相声芸人になるために生まれてきたような風格が備わっており、国宝といわれた侯宝林や天津の馬三立のような名人とはまた違った貫禄というか、存在感というかそんなものを感じさせた。とにかく郭徳綱が丈の長い中国服大褂で舞台に現れるともうそれだけでわくわくしてしまう。

 (今回の東京公演は日中国交正常化45周年記念公演というふれこみだったので中国の笑いの伝統話芸相声を日本の人たちに紹介し、その面白さを味わってもらういい機会だと、ひそかに期待していた。だが主催者側には同時通訳はもちろん、日本語の字幕や解説など日本人観客に対応する準備が皆無であった。今回は在日中国人が対象だったらしい。 特別に費用をかけて日本人向けの準備をしても、日本人が相声にどれだけ興味を持っているかも分からないわけで、モトが取れないと判断したのであろうか。とにかく残念なことであった。)  
 
 郭は台湾でも人気を誇る相声芸人だ。二年前の2015年1月初の台湾公演を成功させたのに続き、この(2017年)10月再び台湾公演を計画しているという。台湾と中国の標準語はほぼ同じで翻訳する必要もないし、また郭の相声はエンターテインメントが売り物だから台湾の人にも受け入れやすいのであろう。

<郭徳綱はセックスも、暴力も、犯罪も何でも語る> 
                   
 郭の相声はひとつのテーマをじっくり、きめ細かに語るというタイプではない。ストーリーの展開に伴い小話、ギャグ、シャレ、言葉遊びなどを次々に繰り出し、時々脱線して、何を話しているか分からなくなるという爆笑型である。何かとタブーの多い中国で、大衆の気取らぬ言葉で、セックスも、暴力も、犯罪も何でも語るところがおそらく最大の魅力であろう。ここが在来の相声、相声界主流の相声と大きく異なるところである。在来の相声が知的で折り目正しく、無難で常識的だとすれば、郭徳綱の相声は自由奔放で、行儀が悪く、無軌道で“あぶない”といったらよいだろう。“あぶない”というのは、当局の逆鱗にふれる恐れがあり、相声界主流だったら決して取り上げない話題やテーマを遠慮なく、あるいは敢えて口にするという意味である。 相声界主流がこのような郭の芸風に眉をひそめ、軽蔑したり、揚げ足取りをしたりしていることは言うまでもあるまい。

 郭はこうして中国相声を活性化し、ファンの相声離れを食い止めたりしながら一方で相声のあるべき姿や相声の進むべき道を自分なりに模索していた。

 郭は「伝統相声を劇場で聴いてもらう」というアイデアをかねて暖めていた。中国では新作相声が幅を利かし、伝統相声を聴くことはなかった。伝統相声を語る芸人はほとんどおらず、語ることのできる芸人の数は少なかった。伝統相声は古典相声の意味である。
 中国では1949年の共産党政権発足以前に作られたり、語られていた相声を伝統相声と総称し、1949年以後作られた相声をすべて新作相声として区別している。    (つづく)