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習近平政権2期目、個人的関係の幹部起用で安泰か−鳴り潜める共青団や太子党(中)
2018-05-22. 日暮高則
習主席は学齢期、陝西省延安地区に下放されたが、その際に知り合ったのが今次全人代で国家副主席に就任した王岐山氏だ。王氏も近くに下放されており、時折宿舎で一つ布団にくるまって寝た仲と伝えられる。その信頼関係がずっと続き、政権1期目に王氏は紀律検査委員会書記として、腐敗摘発キャンペーンを進める習氏の緊密な盟友となった。ただ、2期目は外交方面に担務を換え、5月1日には、台湾と外交関係を断絶し、北京を訪れたドミニカ共和国のバルガス外相と会談している。習氏は、父親の出身地、下放先が陝西省であったことから同省への思い入れはとりわけ強い。全人代常務副委員長で昨年政治局委員に上がった王晨氏は同じ延安地区への下放仲間。趙楽際・現紀律検査委書記は陝西省書記の時に、習氏の父親習仲勲氏のために西安近郊の広い墓苑を造ったことを好感し、党中央に呼んだと言われる。

清華大関係の人脈は意外に少なく、現在の指導層で言えば陳希・党中央組織部長くらいだ。習氏と同学年、化学工程系専攻も同じで、寮生活も共にした。陳氏は党幹部として大学に残ったが、習氏が長く勤務した福建省出身であることから、卒業後も連絡を取り合っていたようだ。陳氏は習政権1期目の2013年に、党中央組織部副部長に異動した。組織部は地方の人事権を掌握しているため、この配置は習主席の強い信頼を物語る。習氏は卒業後、軍事委で時の国防部長の秘書を務め、そのあと河北省正定県書記に転じる。初めての地方経験で、右左が分からない時に行政指南をしたのが、隣の無極県書記だった栗戦書氏だ。この縁が栗氏の僥倖となった。貴州省書記だった時に北京に呼ばれ、党中央の要、弁公庁主任に大抜擢される。昨秋にはさらに政治局常務委員となり、事実上、習指導部の”大番頭”的役回りを演じている。

現在、習主席を取り巻く主要幹部は、福建省、浙江省勤務時代に身近に接した者が多い。福建系では、今、対北朝鮮外交でも登場する宋濤党中央対外連絡部長。同省の研究所から外交部に異動し、習氏の対外政策のアドバイザーになった。このほか、衛平公安部紀律検査委書記(元福州市国家安全局長)、王小洪公安部副部長(元福州市公安局長)と公安畑の幹部が中央に引き上げられている。意外に知られていないのが福建省時代の習氏の軍とのつながりで、アモイ市幹部だった時に同地に本拠を置く旧南京軍区第31集団軍軍人と親しく接した。この時培った個人的な関係から軍高級幹部に引き上げられたのが、現在軍事委委員で政治工作部主任の苗華氏や、国内治安の要である武警部隊の王寧司令員である。

習主席が書記を務めていた時の浙江省幹部は「之江新軍」と言われ、その後相次いで重要ポストに就いている。「之江新語」という習氏の地元紙エッセイ執筆を省宣伝部長の立場で手伝った陳敏爾・現重慶市書記は昨年党大会前には政治局常務委入りもうわさされたほどで、腹心の一人だ。省委秘書長としてバックアップした李強氏はこのあと江蘇省書記となり、今では上海市書記。将来の政治局常務委入りをほぼ確実にした。習氏と一緒に福建省から浙江省に移り、省委組織部長も務めた蔡奇・現北京市書記、省委宣伝部長や杭州市書記を歴任した黄坤明・現党中央宣伝部長もこの時代の縁である。習軍事委主席の手足となって軍を仕切る鐘紹軍軍事委弁公室主任も浙江省で組織部副部長を務め、その後、習主席の上海市転勤に伴い、同市弁公室副主任にもなった信頼厚い幹部だ。

習氏の上海市書記時代の部下としては、秘書長として仕えた丁薛祥氏が有名。彼はその後中央入りして、今では党中央弁公庁主任を務め、習近平個人弁公室主任も兼ねている。最側近の幹部だ。そのほか、浙江省時代からの部下で、上海市に一緒に異動、同市組織部長、副書記から現在市長に昇格した応勇氏、上海市組織部長、副書記を務めた李希・現広東省書記、上海市統一戦線部長、市規律検査委書記を歴任した楊暁渡・現国家監察委員会主任兼中央紀律検査委常務副書記も上海市時代の人脈だ。これも驚きだが、妻で軍専属歌手の彭麗媛女史の人脈も有効活用されている。深圳市書記から広東省の省長となった馬興瑞氏は彭女史と山東省鄆城市の同郷人である。

このように、習政権2期目の重要ポストは個人的に接点を持った幹部によって固められているが、これで果たしてうまく機能していくのか。最近、中国メディアに「両面人」批判の文章が登場し始めたのが気になるところだ。両面人とは端的に言うと、口と心の不釣り合い、言行不一致、表裏のある人のことで、もともとは党内の“敵性分子”をあぶり出し、批判するための言葉として毛沢東主席が使ったもの。習近平主席は2012年の執政以来この言葉を使っており、最近では「孫政才(重慶市元書記)が両面人だ」と決めつけている。孫氏はすでに摘発、失脚して権力闘争の埒外にあり、今さら孫政才批判でもない。となると、孫政才氏や両面人批判をぶち上げて、新たな批判の標的を作り出そうとしているのかも知れない。