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華北の「外国」建築をあるく

第34回 われわれの「鳥巣」:国家体育場(3)
2018-05-29. 東福大輔
前回解説したように、この建物は「アマン・バー」と呼ばれる図形に覆われているわけだが、これらの平行線が均等に働いて建物を支えているのではない。つまり、構造として強固に効いている部材と、どちらかというと装飾になってしまっている部材があり、それぞれの部材を構成する鋼板の厚さが変えられているのだ。両者は表面で混じりあっているが、どの部材が本当に効いているかを知るためには、施工途中を見ればわかる。板厚がある部材は全体を支えているため、先に施工されていくからだ。

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2006年8月頃の現場のようす。柱が等間隔に立ち並んでいる。
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工場前に飾られた施工が一番難しいと思われる部分。
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8万屬旅さの工場内部。
施工途中の写真の、上部に等間隔に立ちあがっているものは通常の建物でいう「柱」だ。この建物、実は垂直な柱は表面にはなく、少し内側に入ったところにある。そして、この後に向こう側の柱へと伸びる「梁」が作られてゆく。つまり、この建物は通常のビルと同じく「柱と梁」によって作られていることになる。このような構造は「ラーメン構造」と呼ばれ、数メートル毎に柱がたつオフィスビルなどでは効率的な構造であるが、大空間には大量の材料が必要となるため不適とされている。「いかに柱を少なく大空間を覆うか」を命題とし、空気膜やドーム構造など様々な構造形式を開発してきたスタジアムの歴史を考えると、異様な構造形式だ。

雑誌上で批判を繰り広げたのは構造家の川口衛である。「これだけの規模の屋根を、ラーメンのような曲げを主体とする構造システムで構成するのは、健全な判断力を持ったエンジニアが考えれば、初めから不合理な話である。(中略)初めから不経済覚悟の設計と言わざるを得ない。」と手厳しい(注1)。実際、筆者はこの建物の鋼材を加工している工場を見学する機会を得たが、面積が8万屬△襪箸い工場は板材のカット・曲げ・溶接にフル稼働し、工場前には制作が一番難しいであろう柱と梁の接合部分が「どうだ!」とばかりに飾られていた。60ミリの鋼板をこのような複雑な形に溶接する労力は凄い。凄いが、不経済そのものだ。

 ちなみにこの鉄骨、現場で組み上げてゆくのも大変な作業である。太さ30センチはあろうかというワイヤーで吊り、それを溶接する労働者の姿を写した写真が公開され、それはまるで文革時のプロパガンダのようであった。また完成後には、テレビでこの建物の施工時の苦労話が放送され、最終段階では鉄骨の膨張・収縮による余計な応力の発生を防ぐために、中間期、すなわち暑くも寒くもない時期を選んで数時間で一気に溶接したことが紹介された。その中では担当エンジニアが「苦労したが、これは我々の建築だ!」と叫んでおり、「いつの時代だよ」とその番組を見ていた皆が一斉に鼻白んでしまったのを思い出す。この建物の建設は、初めから効率を追い求めていたわけではなく、案の選択からしてプロパガンダ色の強いものだったのではないか。

川口が批判を繰り広げた翌月には、建築家の林昌二が同じ雑誌で「理由はよく分かりませんが、何らかの理由で鉄材を保存したかったのかもしれない気もしてきます。(中略)オリンピックとその後を巡っては、大変な浪費が行われているらしいということで、日本人の節約感覚では、とても理解できそうにないのです。」と書いている(注2)。中国の人々の考え方に触れ、驚かされることの多かった当時の自分は、この言葉になんだか共感してしまった。

圧倒的な量の鉄を惜しみなく投入したこの建物は、禍々しい「浪費」のオーラを放っており、近代が求めてきた「効率」の価値観を突き抜けてしまっている。そういえば、ピラミッドにせよ、万里の長城にせよ、歴史に残っている建物はおしなべて「ムダ」な建物かもしれない…そう思わせるくらいに、この建物には特別な存在感がある。

(注1)川口衛、『オリンピック建築の夢と危うさ』、「新建築」2008年12月号
(注2)林昌二、『月評』、「新建築」2009年1月号