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華北の「外国」建築をあるく

第24回 天津のファシズム:原回力球館と疱瘡楼
2017-01-27. 東福大輔
上海のものが有名だが、清朝末期の天津にも各国の治外法権を設定した租借地、すなわち租界が作られていた。中国にとって、この町並みは列強各国に蹂躙された不名誉な歴史の痕跡ではあるが、今となっては往時の雰囲気をとどめる観光資源のひとつとなっており、天津市によって「歴史風貌建築」に指定されている建物も多い。いずれの「歴史風貌建築」にも、指定を受けた旨を示すパネルが貼り付けられていて、街のそこかしこの建物に見つけることができる。その総数は900近くにものぼり、京都市の指定文化財の10倍ちかくの数となっている。もちろん文化財は数を競うものではないが、政府がこの時代の歴史建築の保存にも相応の注意を払っていることがうかがえる。

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原回力球館の外観。奥の尖塔を囲む4つの「斧」の装飾がファスケス。
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表面を覆うコブが少し不気味な疱瘡楼。窓廻りのデザインがネオ・バロック的だ。
もともと租界は旧市街の南東の町はずれに造られたそうだが、現在ではフランス租界に面する場所に天津駅が置かれ、天津の中心に変貌している。駅を出て、海河の向かい側のルーブル宮のコピー建築を左に眺めながら歩くと、そこは旧イタリア租界だ。どの住宅にも凝った意匠のテラスがつけられていて、19世紀初頭のイタリアで流行した形式をもつ。そんな住宅が集中する地区の中心にそびえ立っているのが「原回力球館」である。

「原(ユエン)」とは日本語の「元」くらいの意味、「回力球(ホイリーチゥ)」とは「ハイアライ」というバスク地方発祥のスポーツ競技のことだ。ハイアライとは、セスタという特殊なグローブによって高速にした球を、チームごとに壁にぶつけあって競うもので、とりわけラテンアメリカ諸国で人気のある競技である。コートは大きな直方体で、その三面の壁は競技に利用されるが、残る長手方向の壁は取り払われて観客席となっている。この競技の観客は賭けをするものらしく、その競技場は娯楽場だけでなく社交場としても機能していた。とりわけ重要なのは、この競技はファシズム政権下のイタリアで奨励されていたという事実である。

街並みと一体化していて、今では「ワン・オブ・西洋建築」くらいに思われているかもしれないが、外壁に執拗に繰り返されるレリーフや、塔の四隅に立つ「ファスケス(束桿)」の形をした装飾から、イタリア・ファシズム時代の建築であるのは明らかだ。ファスケスとは斧に木を束ねたもので、古代ローマにおいて皇帝の護衛が捧げ持った権威の象徴であり、そしてなにより「ファシズム」の語源となったものだ。

この建物は天津在住のイタリア人、ボネッティらの設計によるもので、1934年に完成した。ボネッティは当時のイタリア租界だけでなく、イギリスやフランスなどの各国の租界を股にかけて活躍した建築家であるが、他の作品にはファシズムの影響はみられない。イギリス租界に建つ「疱瘡楼」と呼ばれる集合住宅には、その名のとおり表面に「できもの」のようなレンガ製のコブが沢山ついている。窓廻りの曲線からは、現地で調達できる素材を用いつつも、当時ヨーロッパで流行していたネオ・バロック的な装飾を試みているようにも思える。想像力をたくましくすると、ボネッティという人はイタリア政府なり、イギリスやフランス人なり、施主の要望を要領よく汲み取るタイプの建築家だったのではないか、と思えてくるのだ。

原回力球館に話を戻すと、この建物は新中国成立後に人民解放軍によって接収され、「工人文化宮」という劇場となった。第一回天津市人民代表大会が開かれ、また京劇スターの梅蘭芳(メイ・ランファン)の公演が行われたりしたが、次第に集客が振るわなくなり、ゼロ年代には客を千人収容できるという巨大なKTV(いわゆる日本でいうキャバクラ)へと改装されてしまった。私が初めてここを訪れたのはまさにこの頃で、明らかなファシズム建築に「マルコ・ポーロ・クラブ」というネオン・サインが輝いている姿を見て吃驚したものだ。国内でも「人民代表大会を行ったような建物を風俗店にするとは何事だ」という批判があったらしく、その批判を受けてかは知らないが、旧イタリア租界全体がディベロッパーによって整備され、現在ではシネマ・コンプレックスへと変えられている。まったく、この建物が辿ってきた数奇な運命は、激動する中国を見ているかのようである。

<原回力球館>天津市河北区民族路。天津駅および地下鉄2号線建国道駅より徒歩10分。
<疱瘡楼>天津市和平区河北路。地下鉄1号線小白楼駅より徒歩10分。
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