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韓国百名山

第37回 聞慶セジェで有名な聞慶邑の鎮山 主屹山
2017-06-12. 森正哲央
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聞慶邑から見た主屹山の冠峰(左)と1075峰(右)
慶尚北道門慶の鎮山・主屹山は、聞慶セジェが脚光をあびるにつれて、知られるようになった。「門慶セジェ」とは、嶺南地方(慶尚道)とソウルを結ぶ峠で、広義には峠を含む主屹山の西麓にのびた6キロ余りの険しい渓谷(鳥嶺川・セジェ谷)一帯を指す。李朝時代に街道・嶺南大路が整備され、交通の要として旅人が行き交ったばかりでなく、文禄・慶長の役以降、日本軍の侵攻に備えて聞慶関門(鳥嶺関門)が築かれ、天険の地、国防の要衝として名を馳せた。

植民地時代の1925年、聞慶セジェ南方の梨花嶺(548m)に道路が開通して以降、関門としての役割を終えた。だが、往時のたたずまいを留めた聞慶セジェは、徐々に観光地として人気を集め、1979年に国民観光地、81年に道立公園、82年に文化財保護区域に指定された。

主屹山の頂上部は、北の霊峰(1106m)、真中の1075峰(主峰・1075m)、南の冠峰(南峰・1041m)の3峰からなり、一般には展望に優れた1075峰が頂上として認識されている。

主屹山のほか、セジェ谷を挟んで主屹山と対峙する白頭大幹の鳥嶺山(1026m)も山行コースとして人気がある。今回は第1関門(主屹関)から恵国寺を経て1075峰に登り、鳥谷谷を第2関門(鳥谷関)へ下った。

前日は忠清北道忠州市の山間部にある水安堡温泉に泊まる。韓国を代表する温泉で、聞慶からも近い。翌朝、国道3号線の梨花嶺トンネル(1600m)を抜け、慶尚北道側へと移動、聞慶邑でバスを乗換える。門慶セジェまでは約10分、終点の上草里には食堂や農特産物直売場、旧道歴史館などもあり、まさに観光地といって趣き。まずは観光案内所を訪ねる。

ボランティアガイドをしている年配の男性、崔さんが途中まで案内してくれるというので、お言葉に甘えることにした。先に食堂で昼飯をとりたかったが、主屹山中腹の恵国寺で食事ができるというので、すぐに出発することにした。寺が無料で提供する食事を韓国では「供養飲食」と呼ぶ。これまでに釜山の梵魚寺や雪岳山の永矢庵でも食べたことがあった。

ニホンザルがいる自然生態公園を抜け、開門橋を渡ると、堂々とした重厚な第1関門(主屹関)の前にでる。1708年に築かれ、3つある関門のうち最も往時の姿を残す。そばにある投石器はドラマ撮影用の模型と、崔さんが教えてくれた。

「嶺南第一楼」という大きな扁額のかかる紅霓門を抜けたら右折し、穀蟲谷へと入っていく。左手には、文禄の役で日本軍と戦い殉死した県監(地方官)・申吉元の功績を讃えた申吉元県監忠烈祠が見える。

しばらく進むと分かれ道にでる。どっちを行っても恵国寺に至るが、ここは右へ。本格的な山道となり、沢沿いに300mも進むと、深く切れ込んだ岩の間を20mほどの滝が、深緑の滝壺に流れ落ちている。女性の陰部に似ていると女宮瀑布と呼ばれ、七仙女が沐浴した伝説が残る。

滝から恵国寺までは沢沿いをさらに900m。コース中もっとも勾配がきつい。尼僧の修行道場となっている恵国寺は、規模は大きくないが、高麗第31代国王の恭愍王ゆかりの寺として知られている。新羅時代の846年、普照国師・体澄が創建し、当時は法興寺と呼ばれた。中国・紅巾賊の侵入時、恭愍王が避難したので、国王を守った寺という意味で、現在の名がついた。

さっそく崔さんが「供養飲食」のお願いをしてくれたが、事前の予約が必要と断られてしまった。空腹のまま登るのは辛いなと思っていると、崔さんが弁当を分けてくれるという。風通しの良い木陰に陣取り、弁当を広げた。韓国風餅や食後のコーヒーまであり、崔さんには申しわけなかったが、十分お腹がいっぱいになった。ここで崔さんにお礼を言い、握手をして別れた。

寺の後背地ということで守られてきたのか、恵国寺より上は松の大木が多い。その先の、プラスチック管から勢い良く流れる大闕薬水で喉を潤すと疲れも吹き飛んだ。「大闕」とは国王が住む宮殿を指し、恭愍王が暮らしたことにちなむ。

土饅頭の墓を過ぎ、霊峰と1075峰をつなぐ大闕址稜線にでる。さらに400m、最後に木段を抜けると、切り立った絶壁の上にでた。そばに「主屹山1075M」の頂上碑が立つ。

南側の展望がすばらしく、右手に突き出た主屹山・冠峰の山裾に門慶邑の街が広がる。セジェ谷を流れてきた鳥嶺川と、大美山を水源とする身北川が合流、南へと蛇行しながら流れていた。

帰りはセジェ谷の第2関門(鳥谷関)を経て上草里のバス停留場へ戻る。第2関門までは沢沿いの緩やかな道で、小滝を見たり、のんびり歩ける。新緑が芽吹く前の褐色の樹林に、薄紅のツツジが目に付く。

無数の石が積まれたガレ場、花園ソダルを過ぎる。旅の安全を祈って小石を一つ積んでおいた。女性が積むと男の子を授かるそうだ。道幅が広くなり、石伝いに渡河を繰り返し進むと第2関門。3つある関門の中では最も古く、文禄・慶長の役当時に築かれたが火事で燃え、1975年に復元されている。

あとは往時の街道・嶺南大路を歩いて駐車場へ戻るだけだ。セジェ渓谷(鳥谷川)に沿った幅広い林道で、松並木が美しい。家族連れら行楽客と次々すれ違う。途中には、三段の鳥谷瀑布、火の用心を呼びかけた最初のハングル碑・鳥嶺山火事用心標石、新旧観察使が官印を引き継ぎした交亀亭、国が営業する旅館だった鳥嶺院址、KBS撮影場など見どころが多く、古の往来が偲ばれる。

撮影場は大河ドラマ『太祖王建』のロケ地として2000年オープン、李朝時代の建物が両班村、草家村などに4区分して復元されてる。観光案内所はすでに閉まっていたので、紙に崔さんへお礼をひとこと記し、ドアに挟んでおいた。

●アクセス(バス)
・聞慶(一部は店村から)〜聞慶関門 一日16本。6時40分〜18時10分