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アジアの今昔・未来

第454回
危機を救ってくれたミャンマー新大使

2018-06-18. 直井謙二
ミャンマーの新しい大使に丸山市郎公使が就任した。新大使とは長い付き合いであるばかりでなく取材中の危機を救ってもらった思い出がある。

1988年の学生による大規模な反政府デモでネ・ウイン政権が倒れたころは丸山氏のことは名前しか知らなかった。ミャンマー軍事政権は民主化勢力の反政府運動に対し厳しく弾圧したが、国際世論の非難を受け90年に総選挙実施を約束するなど弾圧を少し緩めるなど揺れ動いていた。軍事政権は露骨な選挙対策を実施、選挙結果に自信を見せていた。しかし思惑が外れ民主化勢力が圧勝すると再び弾圧が厳しくなった。総選挙結果を無視し、民主化指導者アウン・サン・スーチー氏を自宅に軟禁した。

その後ノーベル平和賞を受賞したスーチー氏の民主化運動を国際世論が支持したため軍政も一定の配慮をせざるを得なくなった。90年代半ばには自宅軟禁は解除しないものの自宅前に集まる支持者にスーチー氏が演説することや外国人記者が自宅内でインタビューをすることを黙認した。

筆者も湖に面した豪邸でインタビューしたことを鮮明に覚えている。大学の構内や路上で集会が開かれ再び反軍事政権運動が活発になった。取材中に公安が近寄ってきて筆者も顔写真を撮られた。

日本大使館による情報を得ようと当時参事官だった丸山氏と初めて対面、市内のセドナホテルなどでレクチャーを受けた。丸山氏は軍政が突如弾圧を強めることがあるので取材は十分注意するよう何度もアドバイスをしてくれた。丸山氏の言葉通り、拡大の一途をたどる反軍事政権デモに対し軍政は突然弾圧を加えた。交差点に座り込んだ多数の学生を軍が遠巻きに取り囲んだ。(写真)危険を察知した日本の報道機関も徐々に撤退を始めた。最後に残ったのは筆者を含め民放2社と通信社1社になった。

突然、丸山参事官から携帯に電話がかかった。日本の新聞記者が集会の外で殴られ拘束された、すぐ撤退した方がいいという説得だった。集会のど真ん中に残っていたライバルの民放クルーに取材をあきらめることを提案した。すぐに撤退しようと返答が返ってきた。

ライバル民放同士だったが、その時は協力して逃げ道を探った。デモを遠巻きにしていた市民の道案内もあり危機を脱した。この弾圧以降学生デモは姿を消した。

今、民主化に踏み出したミャンマーはロンヒンギャ難民問題やスーチー氏の政策それに中国の進出など更なる難問を抱えている。ミャンマーに造詣が深く現場主義の丸山新大使の活躍を期待したい。