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アジアの今昔・未来

第406回
ドゥテルテ政権と風化した黄色い革命(上)

2017-04-25. 直井謙二
トランプ米大統領とよく似た政治行動をとることから一部で「フィリピンのトランプ」と呼ばれるドゥテルテ大統領。本家の大統領の支持率が陰る中、ドゥテルテ大統領の人気は根強い。

ドゥテルテ政権の発足で30年以上前の故マルコス独裁政権を倒した革命ピープルパワーを思い出した。1986年2月、故マルコス大統領が半ば強制的にアメリカに亡命させられ、マニラ市内は30万人の市民の歓喜で沸き立った。筆者も「フィリピンの夜明け、希望の息吹」などの言葉をちりばめたレポートを伝送した。新たに発足した故コラソン・アキノ大統領の夫、故ベニグノ・アキノ氏はマルコス元大統領の政敵でマニラ空港到着後暗殺された。

夫を殺害された遺恨を持つアキノ夫人が大統領に就任するというドラマチックな政治劇にフィリピン市民は酔いしれた。

写真は革命直後に展示されたものでアキノカラーが黄色だったため「黄色い革命」とも呼ばれた。(写真)アキノ政権はマルコス元大統領の息のかかった政治家や官僚を排除したため行政が滞るようになった。筆者もマニラ空港で被害をこうむった。新任の税関職員は素人で通関手続きが進まない。マニラ空港は何度も通関したことがあるので通関書類のしまってある場所を示し、書類の書き方を税関職員に教えたこともあった。電力行政も滞り、停電が頻繁に起きクーラーが使えず、うだるような部屋で眠れない夜も続いた。

高い失業率に対しアキノ政権はインフラ整備も外資導入も必要ない海外労働に活路を見出し、海外出稼ぎ労働者を「英雄」と持ち上げた。フィリピン革命を遂行した一人でアキノ政権を引き継いだラモス元大統領はアキノ政権の負の遺産を処理するのが精いっぱいだった。

他の東南アジア諸国が高度成長を謳歌する中、映画俳優のエストラーダ元大統領そのあとを継いだアロヨ元大統領もフィリピン経済を立て直すことは出来なかった。2010年から政権を引き継いだベニグノ・アキノ3世は、コラソン・アキノ元大統領と暗殺されたベニグノ・アキノ氏の息子で比較的バランスのとれた行政を行ったが、海外労働に依存する雇用形態を変えることは出来なかった。(第392回「フィリピンのクリスマス帰郷」に掲載)エストラーダ元大統領を除けば「黄色い革命」に端を発したマニラ在住のエリートが政権をたらいまわししていたという見方もある。ミンダナオ島から新たな大統領が登場する素地が整っていたのだ。