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アジアの今昔・未来

第419回
ASEAN会議を欠席したスー・チー外相

2017-08-15. 伊藤 努
ベトナム戦争がまだ激しかった半世紀前の1967年に設立された東南アジア諸国連合(ASEAN)は今年8月8日、創設50周年を迎え、毎年恒例の一連の外相級会合が開かれていたフィリピンの首都マニラで記念式典を開催した。当初はタイ、インドネシア、マレーシアなど5カ国でスタートした地域協力機構のASEANはその後、加盟国が増え、現在は東南アジアをほぼ網羅する10カ国体制となっており、国際的にも大きな存在感を見せている。マニラに参集した加盟国の外相らにとってはちょっとした晴れの舞台だったはずだが、華やかな記念式典の場にミャンマー(ビルマ)のアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相の姿はなかった。

軍事政権だったミャンマーは今から20年前の1997年にラオスとともに加盟が認められたが、加盟承認に当たっては、当時、民主化運動指導者だったスー・チーさんを軍政当局が敵視し、政治的に弾圧していたことから、ASEAN内にも慎重論が広がり、加盟時期をめぐる議論は難航。結局、ミャンマーの民主化にASEANも「建設的に関与」していくことで加盟が正式に決まったが、同国の加盟問題を現地で長くカバーした筆者にとっては、現在は外相を兼務するスー・チーさんのマニラでの一連の外相級会合や設立50周年記念式典の欠席は驚きであり、やや不可解でもあった。

読者の方々もご存じのように、民政移管に伴って実施された2年前の総選挙で、最大野党の国民民主連盟(NLD)を率いて圧勝したスー・チーさんは、本来ならば国家指導者である大統領になるべきところを、軍事政権時代に制定された現行憲法の規定によって大統領に就任できず、外相に就きながら、急きょ新設した国家顧問に自ら就任、事実上の最高指導者になった経緯がある。

昨年3月に発足したミャンマー新政権で、スー・チー氏は指導者として国政を運営しており、同氏の意識としては、外相の肩書は単なる添え物にすぎないのかもしれない。ちょうど、マニラで一連のASEAN外相級会合が開かれていた同じ時期、スー・チー氏はミャンマー中部マンダレーのワンドゥインにある多数派ビルマ民族の村を訪問し、自ら最重要課題として取り組む軍と少数民族武装勢力の全面和平実現に向け、住民らとの対話集会に出席するなどしていた。

スー・チー国家顧問兼外相は訪れた村で、「戦闘が続く国境地域などには平和がなく、平和のない地域があることは国全体にとって良くない」と指摘し、「平和のない地域に住んでいる人々のことを理解してほしい」と住民に訴えた。南シナ海情勢など東南アジア地域の問題を話し合うASEANの国際会議よりも、国内で政治課題となっている少数民族武装勢力との和平実現に向けた住民集会への参加の方が重要だと判断したのであろう。不屈の民主化運動指導者としてノーベル平和賞を受賞したスー・チー氏の面目躍如と言うべきか。