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アジアの今昔・未来

第430回
近代化の波が押し寄せるベトナムのメコンデルタ

2017-11-02. 直井謙二
ベトナムは都市部だけでなくメコンデルタなど農村部の近代化も進んでいる。カンボジアとベトナムが豊かな穀倉地帯であるメコンデルタを巡って歴史的に争ってきたことはすでに書いた(第112回 メコンデルタに生きるクメール人)。およそ20年ぶりに訪れたメコンデルタは大きく様変わりしていた。ベトナム最大の商業都市ホーチミンからメコンデルタを奥深く入るにはデルタを横切る網の目のようなメコン川の支流を越さなくてはならない。20年前は支流にさしかかるたびに車ごと乗船できるフェリーに乗り換えた。フェリーの待ち合わせ時間が長くいらいらしたのを憶えている。今回は支流のほとんどに橋が架かっていて快適なドライブができた。

かつてベトナムは南部のメコンデルタでは食料が余っているのに首都ハノイは食料不足に悩んでいた。市場経済の導入で市民の労働意欲がかき立てられ生産性が上がった面もあるが、橋などのインフラ整備が流通の改善に貢献していることを実感した。幹線道路ばかりでなく庶民が使う小さな橋も大幅に改善された。

デルタ名物、一本橋が姿を消していた。ノンラー(Nón lá)をかぶった農民の船が行き交う川の上に架けられた一本橋を市民が曲芸師のように器用に渡っていた(写真)。ベトナム戦争中、軽装備で小柄な解放軍兵士は米軍に攻撃を仕掛けては一本橋を使って逃げた。追ってきた大柄で重装備の米兵は重量が重く一本橋が壊れ川に落ちたという話を元解放軍兵士から聞いたことがある。アメリカが再び攻撃してくる懸念も無くなりほとんどの橋がコンクリート製に変わっていた。

デルタの中を観光船が行き交う姿も以前は見られなかった。小さなボートを使って旅行客を案内する観光に加え、数十人が乗れる大型の観光船で内外の観光客が食事をしながらメコン川を行き交っていた。

人民委員会のガイドにデルタではコメは1年で何回収穫できるか聞いたことがある。コメは作付けから収穫まで3か月かかるから12か月を3で割ると4回だ。4期作が可能だが、野菜も作るので3期作農家が多いという答えだった。

収穫量は多いが問題は精米だった。以前はメコンデルタを車で走っていると狭い道路に一面に籾が撒かれていた。精米機が普及しておらず車に籾を挽かせて精米していた。
このためくず米になり、飯の中に隠れている砂利に注意が必要だった。砂利の混ざらないきれいな飯を食べながら道路上の籾が無くなっていることに気付いた。