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ベトナム 生活図譜

第2回 「うなぎの寝床」住宅
2017-04-13. 竹森紘臣
 京都の町屋は、江戸時代に間口によって税額が決められていたため、節税のため間口を狭くしたことで「うなぎの寝床」住宅が生まれたといわれている。ベトナムでもこの形式の住宅が多くみられる。京都の町屋と同様に節税のためともいわれるし、土地代を節約するためともいわれる。最近では相続のために分割し、さらに細長い土地が増えているという。極端に小さいものでは2m以下のものもあるが、間口が4mから6m、奥行きが20mほどが一般的である。

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「うなぎの寝床」住宅が並ぶ
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1階にある開放された食堂
 このような細長い土地では、隣家との境界線いっぱいに建物がつくられる。道路から見ると一枚の壁を隣家同士で共有しているように見える(写真2-1)。しかし、実際にはそれぞれの家が壁をつくり、2枚の壁がせめぎ合うように立っている。ベトナムではまだ土地の登記制度が日本ほどには確立しておらず、自分の土地は書類上ではなく実際に自分の手で守らなくてはならない。そういう意味では建物の外壁というよりは自分の領地を守るための城壁のようなもとではないかと思う。

 建物内部に坪庭をもうけたり、敷地の奥に庭を残すこともあったようだ。これらの空地は建物内部に通風や自然採光をもたらす効果があったが、しだいに庭に屋根が掛けられたり建増しが行われていった。人口の増加への対応、防犯や不法占拠の防止のためといわれている。

 ハノイ旧市街のほとんどはこの「うなぎの寝床」型の土地で埋めつくされている。建物ごとにフレンチ・コロニアル、伝統的ベトナム・スタイル、ガラス張りの現代的なスタイル、建物を覆いつくす巨大な看板など、さまざまなデザインが立ちならぶ雑多な街並みは、ハノイで1番の観光スポットとなっている。現在は5階建て以上がほとんどで、観光客のためのミニホテルが多くつくられている。25年前に調査した資料によると、当時は2,3階建ての建物がほとんどで、人口密度は100,000人/km2を超えていたという。この密度は日本で14階マンションが立ちならぶ団地と同じぐらいで、非常に高密度であったことがわかる。奥行きが70mにおよぶものがあり、街区の中のイメージはかつて香港にあった九龍城址に近いと思う。建物が高くなるに従って人口密度は下がっていったが、下階では採光や自然の通風をとることが以前より難しくなっており、蒸暑地域であるベトナムの住環境としてはけっしてよくない。もともと職人問屋街として発展したところで、今でも1階は商店や作業場として使われている場合が多い。間口は全て開け放された状態で道路とひと続きの空間として人々に利用されている。ベトナム人は暑い日でも路上で過ごすことが多いが、これは建物内部の環境の悪さとも関係があるだろう。(写真2-2)

 以前はレンガを構造として作られていたが、現在の構造は鉄筋コンクリートで、壁がレンガで積まれている。いずれにしても簡単で安価な工法である。内部のプランは画一的で、長手方向の中央に階段とバスルームを設置し、道路側と奥側に一室ずつ部屋が配置される。各住宅の計画の違いといえば風水によって、階段の登り口の方向、ベッドの向き、仏壇の場所を調整するぐらいである。それゆえ長らくこのタイプの住宅は建築家ではなく、建て主と風水師で計画されていており、これもベトナム全国に普及することに一役かっていると考えられる。現在ではベトナムの若い建築家たちが、2枚の壁に挟まれた細長い空間をより快適な住まいにするために挑み、多様な「うなぎの寝床」がつくりだされている。
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ハノイ 旧市街