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ベトナム 生活図譜

第5回 キリスト教の伝播と教会建築
2017-07-18. 竹森紘臣
 大航海時代ただ中の15世紀のおわりごろ、海のシルクロードの中継港にあたるベトナム中部のホイアンには多くの外国人が暮らしていたといわれている。このころキリスト教宣教師がベトナムを訪れ布教活動を開始し、1615年にはベトナムではじめての教会となる「伝導教会」がホイアンに建てられた。その後、北中部の貧しい農村地帯や一部の少数民族を中心にその教えが広まり、現在はベトナムの全人口の10%ほどがキリスト教徒であるといわれている。農村を車で走っていると小さな村ごとに教会の尖塔が突然あらわれるのを見て驚く観光客も少なくない。

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サイゴン大聖堂(ホーチミン、ベトナム)
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ハノイ大聖堂(ハノイ、ベトナム)
 布教活動の過程で聖書の意味をよりおおくのベトナム人に伝えるために、チュノムというベトナム漢字のかわりに、フランス人宣教師によってアルファベットをあてた文字、クオックグーが開発され現在のベトナムの正式な国語として使用されている。

 キリスト教によってもたらされた新しい技術や変革は、建築にとってももちろん無縁ではない。伝来後から19世紀の末にはじまるフランス統治時代まで、儒教の教えを中心に考えていた王朝によってキリスト教を禁じられることもあった。フランス統治時代には、統治国としての影響力を強めるために熱心な布教活動がはじめられ、大都市にはそのシンボルになるべく大聖堂が計画、建設されていく。

 サイゴン大聖堂(聖マリア教会)は1880年に現在のホーチミン市中心部の目抜通りであるドンコイ通りと幹線道路であるレズアン通りの交差点に位置する。正面となる東側に高さ62mの2本の塔をもつゴシック様式の教会として建設された。(写真1)設計はフランス人建築家による。建設に必要な鉄材、コンクリート、石材、釘などの資材はフランスから調達されたといわれている。正面ファサードの石はマルセーユ産の指定もあり、この教会建設が当時の一大プロジェクトであったことがわかるが、当時のフランス統治政府は開府まもない時期で予算もまだ少なかったため、石材が使用されたのは正面とその他のごくわずかの部分だけで、側廊の外壁はベトナム産のレンガが積まれている。建設されてから大きな改修もなされていないかったためガラスが割れていたり、外壁に木が生えていたりと長年にわたり劣化が心配されていたが、今年の4月に本格的な修復計画がホーチミン市の人民委員会を通過し、2019年までの大規模な改修工事が行われている。

 サイゴン大教会建設の6年後の1986年にハノイ大教会がホアンキエム湖の近くに建設される。(写真2)サイゴン大教会と同様のゴシック様式の建築であるが、その材料にはハノイ現地で製造されたレンガやタイルが用いられている。ホーチミンに比べてさらに湿度が高く蒸し暑いハノイの気候によって、建物の表面はところどころ黒ずみ一見すると廃墟のような印象も受けるが、キリスト教のお祭のときにはイベントが催され、多くの信者や観光客が訪れる。

 サイゴン大教会とハノイ大聖堂は、いずれもパリのノートルダム寺院のデザインと共通点が多い。尖塔アーチが配された双塔と大きなバラ窓をもつ中央部分がある。サイゴン大教会は建設当初はとんがり屋根がなかった。ただしベトナムの双塔には勾配屋根が掛けられたり、換気窓が設けられたりするなど、熱帯蒸暑季候への対処がみられる。サイゴン大教会とハノイ大聖堂には彫刻などの装飾は少なく、パリのノートルダム寺院のほうが繊細なデザインに思われる。

 現在では周囲に大きな建物が増え少し離れると見えなくなってしまうが、建設当時は市街地のどこからでも見えるランドマークとして、フランス文化の象徴として、それぞれのまちに屹立していたことだろう。
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サイゴン大教会