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ベトナム 生活図譜

第9回 給水塔がつくる風景
2017-11-24. 竹森紘臣
ハノイ市内のHang Dau通りとQuan Thanh通りにはさまれた場所に円筒形の高さ25メートル、直径19メートルの構築物がある。これはもともと給水塔として使用されていた建物である。(写真1)貯水容量は1250立米で、1894年に造られた。フランスの統治開始当初はベトナムでは生活用水として河川や池の水をつかっていたので、衛生状態がわるく疫病が蔓延することもあった。当時のフランス高官が赤痢でなくなったことを皮切りに駐留しているフランス人からの要望が高まり建設された。場所は旧市街と隣り合っており、ハノイに住むベトナム人にもこの給水塔から飲料水が供給されていた。占領地で占領している側だけでなく現地人にも供給を行うのは珍しいらしいが、疫病のことを考えると予防として現地人の衛生確保も必須であったのかもしれない。

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(写真1)ハンダウ給水塔
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(写真2)HCMC給水塔
この給水塔は外から見るとデザインが三層構成をなしており、一層目がアーチ構造、二層目が石組、三層目はスタッコで塗りこめられている。建設当時はこの丸い形状がラウンドアバウト(環状交差点)になって、給水塔に沿って馬車が走っていた。つまり、この給水塔は都市のマスタープランに組み込まれて計画され、給水インフラとして、交通インフラの一部として、またランドマークとしてふたつの大通りの端部に配置された。公園に面して建設されていて見た目も瀟洒なので訪れる観光客も多い。給水塔としての機能はすでに失っているが、上手に保存、活用して、ぜひ後世まで残ってほしい。

ハノイには同じ形状、構成の給水塔がもうひとつある。紅河のほとりに同時代に建設されたが、現在は軍の施設の中にあるので一般には見ることができない。またホーチミンにも同時代に給水塔が建設されていた。そのうちの一つは教会を建てようとしたときに湧水がでて教会建設ができなくなったため、その湧水を利用して給水塔が建設された。そのかたちはハノイのものと大きく異なる。石の基壇の上に持ち上げられた貯水タンクに屋根が掛かけられているかたちであったが、現在ではすでに取り壊されて公園になっている。ハノイの給水塔同様、当時の交通の要地に建てられており、建設当時はサイゴンのランドマークのひとつであったと考えられる。

現代のホーチミンの街では、いろいろな場所で巨大な給水塔を見つけることができる。これらはSAWACO(サイゴン水道総公社)によって計画されたもので、ほとんどのものが1965年から1969年にかけて建設されている。すべて鉄筋コンクリート製で頂部がタンクとして張り出したキノコ型の給水塔である。(写真2)貯水タンクの容量は1200立米から大きいものでは8000立米にも達し、かなり大規模である。これらはハノイの給水塔のようなアーチや石組みなどの装飾はまったくない。ベトナム戦争の最中に建設されているため、見た目はずいぶんと質素である。住宅街のなかに忽然と現れる給水塔はランドマークというわけではないが、その大きさで周囲の小さな建物を圧倒してすこし風変わりな風景を生み出している。

これらの給水塔はホーチミン市内に8基あるといわれている。実は建設直後からすべての給水塔で水漏れが発生し、建設から約40年間給水塔としては一度も使用されることなく現在に至っている。数年前に8基のうち1基を給水塔記念遺産として残し、残り7基を防火用水塔として利用すると発表されたが、今年には給水塔記念遺産にする1基以外は、残りの7基は取り壊されることが決まった。撤去後には立体駐車場があらたに建設されるが、時代の要求の移り変わりにつれてホーチミンの近代の風景のひとつがまた消えるのは残念である。
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ハノイ給水塔地図