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ベトナム 生活図譜

第1回 ベトナムのフレンチ・コロニアル住宅  洋風建築と赤い瓦屋根
2017-04-01. 竹森紘臣
 最近はハノイやホーチミンに観光に来る方も増えているようだが、空港からホテルまでの道中で西洋風の飾りのある建物をたくさん目にすると思う。それらがベトナムにおいてもっともポピュラーな建築様式、「フレンチ・コロニアル」とよばれるもので、現在でも一般の住宅や官庁建築などのデザインに広く用いられる様式である。

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ハノイに現存する1810年代の邸宅
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ハノイの屋根並。赤い瓦葺の屋根が目立つ。
 ベトナムは、ラオス・カンボジアとともに、1847年のダナンの戦いから第二次世界大戦が終わる1945年まで、仏領インドシナとして植民地支配を受けていた。フレンチ・コロニアルとは、当時の列強各国の植民地と同様、植民地を管理するフランス人のために、母国の建築をベースにベトナムの気候風土を考慮してアレンジされた越仏折衷様式である。ベトナムは仏領インドシナの中でも直轄領であり、中でも現在の首都ハノイには総督府が置かれていたため、19世紀後半の入植当初は、軍の営繕によって建てられた兵舎やインフラ施設など、植民地運営に必要最低限の建物が紅河付近に建設されていたようである。これらの施設のデザインはどこの入植地においてもあまり変わらないもので、以前にマダガスカルに入植しており、その経験を使って建てられたらしい。その後1900年代に入ると、総督府官邸、オペラハウス、ホテル、邸宅などさまざまな建物が建設され、その多くはハノイの街に現存している(写真1-1)。


 1900年初頭につくられた建物は、ハノイでは主に二つのエリアに集中している。ひとつは1010年からフランスに支配されるまで諸王朝の皇城が置かれていたタンロン城址の西側に隣接したエリアである。もうひとつはホアンキエム湖と紅河の間から南に延びるエリアで、現在ではフレンチ・クォーターとよばれている。その特徴は、東南アジア入植地に共通する通風のための大きな窓とベランダであり、そこへ当時フランスで主流となっていた新古典主義の装飾が壁面や開口のまわりに施された。屋根は当時フランスで流行していたマンサード屋根を採用していたようだが、屋根裏に居住空間を設けるマンサード屋根は非常に暑くなるためベトナムの蒸暑気候には適さず、最終的にはベトナム伝統の赤色の瓦による入母屋屋根とされたようだ。この屋根形状のおかげで四方に庇を大きく伸ばすことができるようになり、室内へ強い日差しが入るのを防げるようになった。


 洋式建築に自国の瓦屋根を載せる様式というと、1930年代ごろに日本で盛んに建てられた帝冠様式が思い出される。日本の帝冠様式はモダニズムの勃興や終戦を契機に姿を消してしまったが、ベトナムでは現在でもこの瓦の色と入母屋のかたちが愛されており、瓦をあまり葺かなくなった今でも他の材料をもちいて作られている(写真1-2)。ベトナムはフランスに植民地化される以前から中国などの国からの支配を受けている期間が長く、自国のアイデンティティに関わるデザインを出来る限り守ろうとするところは、ベトナム人の独立に対する強い欲求の表れのようにも感じられるのだ。
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ハノイ フレンチクォーター