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アジアの一期一会

第24回 ベトナムでサッカー日本代表戦を観る
2018-07-01. 小牟田 哲彦
 サッカーの日本代表がワールドカップの本大会に初めて出たのは1998年(フランス大会)で、その頃から日本代表が国際大会でも活躍するようになった。そうすると、外国でたまたまテレビをつけたときに、現地のサッカーリーグ戦ではなく国際大会の中継をやっていて、そこに日本代表が出場している、ということが世界のどこでも起こりやすくなった。

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ハノイ市街の食堂店頭。テイクアウトの生フルーツジュースなどを作ってくれる。
 2004年夏に中国で開催されたアジアカップは、決勝戦に地元の中国と日本が勝ち上がった。その頃、ちょうどベトナムに滞在していた私は、ハノイ市街にある大衆食堂に入ったら店内のテレビがその試合を生中継していたので、食事をしながらテレビ観戦をすることになった。同じ店内には、他にも日本人を含む外国人観光客が何人か来ていて、蒸し暑いハノイでビールを飲み続けながらサッカー観戦に興じるさまは、さながら多国籍のサッカーバーであった。

 地元のベトナムはこの大会、最終予選で敗退していて本大会に出場もしていない。にもかかわらず決勝戦が生中継されていたのは、アジア限定とはいえサッカーの国際大会の決勝戦だったからだろうか。店員や地元のベトナム人来店客も、しばしば手を止めてテレビ中継に見入っていた。

 彼らのほとんどは日本チームの好プレーに歓声を上げ、ピンチ(=中国チームのチャンス)にはため息をついていた。それは、ベトナムの中国に対する歴史的経緯もあるだろうし、食堂内に私を含めて日本人旅行者が何人かいるのに対して中国人客は1人もいなかった、ということも影響していただろう。今のように、中国人が大挙して海外旅行へ行くようになる前の話である。あるいは、世界的スター選手だったジーコが日本チームの監督だったことも影響していたかもしれない。

 試合は同点だった後半20分、コーナーキックからのボールを中田浩二選手がゴールへ押し込んで日本が決勝点を挙げた。このとき、ボールが中田選手の手に当たっていたのではないかというので、近くにいた中国チームの選手がいっせいにアピールしていた。スローモーションで見ると、確かに手に当たっているようにも見えたが、判定はゴール成立。この映像を見ていた食堂内の誰かが「ゴッド・ハンドだからOKだ!」と言ったので、食堂内の観戦者たちがどっと沸いた。日本人の私にハイタッチをしに来たベトナム人客までいた。

 正しくは「Hand of Gad」だそうだが、1986年のワールドカップ・メキシコ大会で、アルゼンチン代表のマラドーナがイングランド相手に決めたゴールが左手によるものだったのではないか、との質問に対し、試合後のマラドーナが「神の手が触れた」と答えたことに由来する、サッカー界の独自表現である。だが、その言い方で食堂内がどっと沸いたということは、その意味するところをみんなが知っていたということになる。ワールドカップの本大会に出たことがないベトナムはもとより、日本だってお世辞にもサッカー強豪国とは言えないが、それでも、20年近く前のアルゼンチン選手の「神の手」の逸話がベトナムの地で日越共通の酒の肴になるのだから、サッカーというのはすごい競技だと改めて思う。