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アジアの一期一会

第41回 中国の山中で乗車中の長距離バスが立往生
2019-12-01. 小牟田 哲彦
 20年ほど前、1990年代後半の春節(旧正月)近い時期に、私は新疆ウイグル自治区の区都・ウルムチから長距離バスに乗り、タクラマカン砂漠を横切るシルクロードのオアシス都市・クチャ(庫車)を目指していた。夕方にウルムチを出たバスは、夜間に峠を越える。当時の中国の乗合バスは、町の中を走る市内バスとさして変わらない車内設備で、私は2人掛けの狭い座席に座って一夜を過ごそうとしていた。車内は走行中にエンジンが発する機械の熱によって暖かくなるだけで、隣に座る男性のコート越しの体温さえもが有難かった。

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天山山脈の峠道で立往生したウルムチ発の長距離バス
 だが、深夜の峠道でそのバスは故障して立往生。そのまま夜が明けてくると、満員だった車内の乗客が少しずつ減り始めた。動き出す気配がないこのバスを見捨てて、たまに通りかかる自動車をヒッチハイクして、それぞれ勝手に自力脱出を始めたのだ。今なら携帯電話で救援の車を呼ぶのはたやすいが、当時の中国にそんなものはなく、固定電話さえ個人の家にはないことも多かった。バス料金をきちんと払っているのだから同じバス会社が代わりの車を派遣して代行輸送してくれる、という日本のようなサービスをここで待ち続けていたら危険だ、と私は直感した。

 意を決してバスから離れ、たまに自動車が通過するたびに手を挙げてヒッチハイクを試みる。そのうち、1台の大型トレーラーが停車すると、私を含む何人かのバスの客が運転席へ必死に走り寄った。私が運転手に「クチャへ行きたい」と告げると、「いや、この車はコルラまでだ」。コルラはクチャよりはるか手前の都市だ。だが私は「コルラまででいいから乗せてほしい」と頼み込み、運転手が助手席のドアを開けてくれると素早く乗り込んだ。

 ところが、私に遅れて走り寄ってきた他の中国人たちが、私に下車を求めて声を上げた。言葉ははっきりわからなくても、「俺たちもコルラへ行きたいんだ。お前はクチャへ行くんだろ、だから降りろ!」と彼らが言っているのは明らかだった。ある者は私の身体を無理やり助手席から引きずり降ろそうとした。私は、「俺はコルラへ行く!降りないぞ!」と叫んで座席にしがみついた。私を力ずくで降ろせなかった彼らは、トレーラーの運転手と交渉。その結果、3人乗りくらいの助手席に私も含めて5人が無理やり乗ることになった。

 雪の峠に放置されたバスを置き去りにしてその場を離れたとき、さっきまでこのトレーラーの乗車権(?)を必死に争った私たちは、解放された同志のように笑顔だった。この辺りは当時は外国人未開放地域だったため、彼らが私を日本人だと知ったら、関わり合いにならないよう私の同乗を認めてくれなかったかもしれない。私は狭い助手席に座り続けた約半日、必要以上のことはしゃべらず、無口な中国人の若者を演じ続けた。
 その日の午後、トレーラーは無事にコルラの町外れに到着。心優しい運転手に礼を言って下車したとき、その運転手とも同乗の元バス客とも、互いに「よかったな」という安堵の表情をして別れたことが忘れられない。峠に残されたバスがどうなったかは知る由もないが、私の数ある中国での一期一会の体験の中でも、ひときわ強烈な思い出である。