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アジアの一期一会

第31回 チベットで鳥葬に参列する
2019-02-01. 小牟田 哲彦
 限られた日程で旅行する観光客が、わざわざ旅先で見ず知らずの現地住民の葬儀に参列する――そんな体験、ふつうはまずしないのだが、その珍しい体験を、私は一度だけ海外旅行中にしたことがある。それが、チベットの奥地で見た「鳥葬(ちょうそう)」である。

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ラサ郊外の盆地と丘陵地。この丘の上に鳥葬場があった
 鳥葬とは文字通り、死者の遺体を鳥に食べさせる葬儀のこと。チベット仏教では、人が死ぬとその魂は肉体から抜け出るとされる。魂が抜け出たその遺体を天に送り届けるための儀式が鳥葬であり、中国語では「天葬」という。死後にその肉体を他の生命のために布施するとの考え方もあるという。また、標高が4,000m近い高地のチベットでは火葬に必要な木材を十分確保することは難しく、土葬にしても微生物による分解が進みにくく”土に還る”という状態になりにくい、という現実的な事情も背景にあるらしい。

 「鳥に遺体を食べさせて天に昇る」と聞けば、葬式とはいえ何やら風流さえ感じてしまう。実際、鳥葬は誰でもできるわけではなく、実施できるのは富裕層らしい。だが、ラサ郊外のある寺院で実際に見学した鳥葬は、死者を整然と冥界へ送ろうとする日本のしめやかな葬儀とはまるで違っていた。

 鳥葬は葬式だから、人が死ななければ行われない。たまたま葬儀が行われるときにチベット寺院に滞在していると、朝早く、裏山の上にある葬儀場へ行くことが許されることがある。葬儀場と言っても、高い木がほとんど生えていない丘の一角に石の台が2つ置かれているだけの広場だ。そこに遺族らしい男性が1人で棺桶を担いで現れ、その石の台の上で棺桶を無造作にひっくり返した。中から大人の遺体が投げ出されると、寺の男性がいきなり鉈でその遺体を”解体”し始めたのだ。その詳しい描写は控えるが、そこには日本人が観念する死者への尊厳のようなものはまるでなく、淡々と作業が進んでいく。

 そのうち、遠方の丘の上に、巨大なハゲワシの集団が集まって、こちらに少しずつ近づいてくるのが見えた。その体格の大きいこと!人間と同じくらいの巨大なハゲワシたちが百羽以上も集まってじりじりと遺体ににじりより、やがて一斉に遺体に飛び掛かって遺体を食べ争う。その目の前にいる、数人しかいない私たち生きている人間に同じように襲い掛かられたらひとたまりもないだろうが、なぜか彼らは私たちには目もくれず、一心不乱に遺体に群がって、あっというまに食い尽くしてしまった。その様子を、寺の僧侶、遺体の解体人、そして遺族の男性が無言で眺めて、葬儀は完食とともに終了する。私を含む数人の日本人旅行者もみんな無言で、厳粛な面持ちで、そしてただ茫然と眺めるばかりであった。

 異文化の死生観を強烈に見せつけられたこの鳥葬参列は、実は2005年からチベット自治区政府によって関係者以外の見学が禁止されたため、今では私たちが目にすることが難しくなっている。物見遊山の気持ちなど一片も持たずに参列した……とは言えないことを率直に告白するが、死者の葬送にも文化や宗教による違いがあり、互いに尊重すべきことを自覚させられる究極の異文化体験であったことは間違いない。その貴重な体験をさせてくれたあの日のご遺体に宿っていた魂が、その後、無事に輪廻転生を果たしていることを祈るばかりである。