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チャイナ・エクスペリエンス

中国のお笑い界の新スターおかしな歌でブーム起こす(下)
2020-10-28. 戸張東夫(ジャーナリスト)
<岳雲鵬、春節聯歓晩会で人気スターに>
岳雲鵬は1985年河南省濮陽市の農家に生まれる。岳に加えて五人の姉と弟一人の七人兄弟だった。貧しかったため学費が払えず中学校を泣く泣く中退、姉の一人と仕事を探しに北京へ出て農民工として様々な仕事を経験した。2004年紹介する人があって当時売り出し中の相声芸人郭徳綱の弟子になり郭の主宰する徳雲社に参加、相声を学ぶ。わずか1年後に初舞台を踏んだというから相当の努力家なのであろう。2015年には中国中央電視台の春節聯歓晩会(旧正月年越しバラエティ―ショー)に初めて出演、孫越を相手に「我忍不了(これが黙っていられるか)」を語った。これは毎年春節(旧正月)の大晦日夜から元旦にかけて放映されるバラエティー番組。NHKの紅白歌合戦の中国版である。相声はこの番組には欠かせない出し物になっている。またこの番組に出演すれば一人前の相声演員(芸人)とみなされる、相声芸人にとっては極めて重要な番組なのである。岳も前例にたがわずこれを機に押しも押されもせぬ芸能界のスターとなり、相声だけでなく映画やテレビで活躍することになった。自作の「五環路の歌」が人気の後押しをしたことは言うまでもない。岳が相声の中で初めてこの歌を披露したのは2011年で、その後プロの歌手が歌ったこともあり、多くのファンに支持されていた。だがおそらく岳とこの歌を大ブレイクさせ、ブームに火をつけたきっかけは2015年7月作られた喜劇映画の挿入歌として岳の歌うこの歌が使われたからだと思う。岳と「五環路の歌」のブームはそれ以来というから大変なものだ。この調子でいくとこのブーム新型コロナウイルスのパンデミック以後まで生き延びるかもしれない。

岳は意地悪なガキ大将がそのまま大きくなったような大柄の童顔。ピザみたいな丸顔に小さな目が特徴である。この三十過ぎた大男の岳が舞台の上では恥ずかしいといっては両手で顔を覆いうまくいかないと手の指の爪を噛む仕草をし、いやなことを言われると、流し目で睨んだり、まるで少女のような仕草をする。ところがそれが「可愛(カワイイ)」と若い女性ファンが大騒ぎするのである。筆者としては「愛嬌があって、好いんじゃない」といっておこう。


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天津の相声茶館(劇場)謙祥益で相声の公演を楽しむファンたち。
<孫越、岳雲鵬のコンビ誕生>
相方の孫越は1979年北京市西城区の両親ともエンジニアの家に生まれる。親戚に有名な相声芸人李文華がいたこともあってか孫は幼いころから中国の伝統話芸に関心を抱いていた。その方面の才能もうかがえたことから、両親の勧めで西城区少年宮の相声培訓斑に七年間通って相声を学び、中学卒業後プロの相声芸人への道を進もうと考えた。だが当時は相声が谷底の時代だったことから、相声では生活していけないもっと安定した職業を選ぶべきだと諭され、北京市園林学校に入り、1999年7月卒業と同時に北京動物園に配属された。ここでは動物の飼育係を担当したが、象の飼育も手掛けた。孫は生活のためにこうして“安定した”仕事に励む一方で相声芸人への志は捨てなかった。

1995年著名な相声芸人石富寛の弟子となり、2009年8月プロ志望の仲間十一人と相声グループ芸馨社を立ち上げ本格的な相声公演活動を始めた。ところが徳雲社の郭徳綱が孫を引き抜きにかかった。孫は自分がいなくなればグループが立ち行かなくなってしまうと誘いを断ったところ、郭が芸馨社の全メンバーを引き受けるというので2010年3月グループぐるみで徳雲社に参加、孫越と岳雲鵬のコンビが誕生することになったのである。この孫岳コンビ実現のために郭徳綱は孫に来てもらいたかったのであろう。岳と組んで春節聯歓晩会に出演したことから孫も岳とともに芸能界のスターとなり映画やテレビなどへ活動の場を一気に広げることになった。

<孫越のチャームポイントは肥満?>
孫は肥満型である。それも人並み外れた肥満である。大相撲力士からタレントに転身した小錦八十吉を覚えておられるだろうか。その小錦を彷彿させる体型である。身長175、体重127舛箸いΔら一回りほど小さいだけである。自分で靴のひもを結べるようになるのが夢だという。ご本人は痩せるために努力しているというのだが、今ではこの肥満型が孫のトレードマークとなっている。「孫は北京動物園でまるまる十年間象の飼育係をしていたが、象は痩せるばかりで、飼育係だけが太ったのはなぜだ」というギャグは孫の肥満を利用したものである。

この二人がコンビを組んだのだが、相声は役割によりそれぞれ「逗哏(トウケン)」と「捧哏(ポンケン)」という別の呼称で呼ばれる。岳は前者で中心になって話を展開する。一方孫は後者で相づちを打って笑わせる役である。さて相声とはどんな話芸か紹介する意図もあるので岳雲鵬と孫越が春節聯歓晩会で語った「我忍不了(これが黙っていられるか)」の一部を少しだけ以下に訳出してみよう。

<岳孫コンビの記念すべき相声「我忍不了(これが黙っていられるか)」>
(外に出ると見るに見かねる、黙って通り過ぎるわけにはいかないといったことが多くて不愉快だという岳と孫のやりとりで始まる。)

原文                                  
岳:上了公交车我都忍不了。
孫:又有什么事儿啊?
岳:一会儿上来一个老大娘,六七十歲了。
孫:上歲数了。
岳:走道颤颤巍巍,站都站不住了。
孫:歲数大了。
岳:但是公交車上没有人讓座你说多討厭。
孫:哎呦这都甚麼素质啊。
岳:要么低頭看手機,要么假装睡覺,
我的天呐。
孫:你看看。
岳:氣的我都坐不住了。
孫:对了,氣的他都…嘿等会吧嘿,氣
岳:恩。
孫:你有座啊?
岳:嗯。
孫:那你怎麼不讓啊?
岳:我也累啊。
孫:诶,好,这叫甚麼理由啊。
岳:你還别说,真有一位三十多歲的大姐她
  讓我起来。
孫:她讓你起来?
岳:给我起来,起来。
孫:哇,这是大姐吗?
岳:我说大姐,你歲数也不大啊。
孫:这是歲数的事吗。
岳:你凭甚麼讓我起来啊。
孫:对啊。
岳:别廢话。
孫:呃。
岳:这是我的座。
孫:呃,你的座。
岳:大姐怎麼证明是你的座呐?
孫:对呀。
岳:我是售票員那。
孫:诶,嗨!坐在售票員那。

訳文 
岳:路線バスに乗ってもそうなんだ。
孫:こんどは何だね?
岳:まもなくお婆さんが一人乗ってきた。六七十歳だろう。
孫:ご老人だ。
岳:通路を歩くのもやっとで、しっかり立っていられない。
孫:かなりのお歳なんだ。
岳:けど席を譲ろうという人が一人もいな
い。いやな感じだ。そうだろう。
孫:なんていう奴らだ。 
岳:下を向いて携帯を見ていたり、タヌキ寝入りしたり、どうしようもないな。
孫:そんなところだろう。
岳:腹が立っておちおち座っていられなかった。
孫:そりゃそうだ。腹が立っておちおち…おい、チョイマチ 君も坐ってたのか?
岳:まぁな。
孫:君坐っていたのか?
岳:まぁな。
孫:じゃあなぜ君が席を譲らない?
岳:僕も疲れてたからな。
孫:そんなのあるかよ。
岳:もう言うな。実は三十過ぎの女性に席を空けろと言われたんだ。
孫:その女性が席を空けろと?
岳:席を立ってくれ、立ってくれという。
孫:へえー、その女性が?
岳:あなた、歳も若そうじゃないか。そう言ってやったんだ。
孫:歳の問題じゃあないだろう。
岳:なぜオレが立たなきゃいけないんだ。
孫:うん、それを知りたい。
岳: バカを言うな。
孫:そうだ。
岳:ここはオレの席だ。
孫:そうだ君の席だ。
岳:ここがあなたの席だと証明できますか?
孫:それそれ。
岳:私、車掌です。
孫:なんだ、車掌の座席に坐っていたのか!

岳が「これが黙っていられるか」とばかり勢い込んで語る。孫がそれを聴きながら、バスの中で老女に誰も席を譲らないと怒っているくせに、座ったまま自分は何もしない岳の偽善、車掌の席に座り込む岳の迂闊、車掌にどいてくれといわれて逆ぎれする岳の非礼をチクリとやりながら、孫がそれを笑いに変える、という一節を訳出してみた。「逗哏」の岳と「捧哏」の孫の役割分担もはっきりわかる。このまま漫才として語ることもできそうだ。あるいは「逗哏」「捧哏」と漫才のツッコミ、ボケとはほぼ同じ役割をはたしているのかもしれない。

<郭徳綱と徳雲社が支える中国相声>
そうは言っても相声には中国の伝統話芸の魅力がある。今日ではインターネット(YouTube)で中国の著名な芸人の語る相声を聴くこともできる。ここで紹介した岳雲鵬、孫越も二人の公演も観ることができる。大いに利用したらいいだろう。先述のように岳も孫も徳雲社所属だが、中国でいま活躍中の相声芸人の多くは徳雲社のメンバーである。いま中国相声を支えているのがこの徳雲社で、作ったのが今も現役で相声を語っている郭徳綱である。1949年共産党政権成立いらい政治宣伝と思想教育の道具とされ、“ためになる”教材となっていた中国相声を政治から切り離し、エンターテインメントとしての相声を復活させ、共産党が否定していた伝統相声をよみがえらせたのも郭である。このように今日の中国相声を郭徳綱抜きで語ることはできない。

(中国相声と郭徳綱についてもっと知りたいという方は戸張東夫『中国のお笑い―伝統話芸“相声”の魅力』大修館書店、2012年12月を参照されたい。)