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「国家安全維持法」導入で何が変わるのか(下)
2020-08-11. 戸張東夫(ジャーナリスト) 
<「国家安全維持法」より中国人が怖い?>
どう考えても納得のいかない条文も少なくない。「香港特別行政区の政権機関の職責履行の場所とその施設を攻撃、破壊し、正常な機能を遂行できないようにすること。」(第3章第2節第22条第4項)が国家政権転覆罪とされている。そうかと思うと、「人に対する重大な暴力。」(第3章第3節第1項)がテロ活動罪とされている。こんな法律を適用されたら香港の活動家はみなテロリストか国家政権転覆罪で逮捕されてしまうだろう。あるいは中国では初めからそのつもりなのかもしれない。また第2章 香港特別行政区の国家安全維持の職責及び機構の第1節第7条に「香港特別行政区は香港特別行政区基本法に定められた国家安全維持立法を早期に完了し、関連法律を整備しなければならない。」とあるが、これはこの「国家安全維持法」のほかにさらに基本法第23条に基づいてもう一つ別に同種の法律を作れという意味なのだろうか。

しかしそれにしても中国が作った法(「国家安全維持法」)を導入するだけならまだしも、それを執行、管理するのが中国から派遣されてきた中国人官僚だというところは香港の人たちからは最悪の事態と受け止められているのではあるまいか。第一中国で作られた法律が果たして香港の法律のように公正、公平だという保証はないし、その上法律の執行にあたるのが中国の官僚だと何をしでかすかわからない。そう考えているのである。とはいえ香港には拒否する権限などないのだから悲劇というほかない。筆者の知る限り中国の法制が香港のそれより公正、公平で正義を体現しているとはとても考えられないからである。中国はようやく毛沢東の「人治」を卒業したものの、いままだ「党(共産党)治」の段階に止まっており、「法治」を実現することができないでいる。中国では目下「依法治国(法に基づき国を治める)」をスローガンに国を挙げて「法治」実現に力を入れているが、実効は上がっていない。そもそも中国共産党による一党独裁の下で「法治」が達成できるのであろうか。法制に携わる人たちの間では「有法不依(法はあれども従わず)」「執法不厳(法をおこなうが厳格にあらず)」「違法不究(違法だが追及せず)」「以権圧法(権力で法を抑える)」「権銭交易(権力と利益の取引)」「徇私枉法(情実で法を枉げる)」といった昔ながらの悪習がいまなお幅を利かせ、人々の顰蹙を買っているという。(「習近平:関于《 中共中央関于全面推進依法治国若干重大問題的決定》的説明」(新華網、2014年10月26日)

<中国と西側諸国の法制>
憲法はその国の中心となる法律である。中国の憲法をのぞいてみれば中国の法制が多少はわかるのではあるまいか。というわけで「中華人民共和国憲法」を開いてみた。第1章 総綱 第5条に「いかなる組織または個人も、憲法と法律を超越する特権を有してはならない」とある。とすると共産党が一党独裁で、習近平氏が党と国家を超越した存在である中国の現状は憲法違反に当たるのではなかろうか。さらに第2章 公民の基本的な権利と義務 第35条には「中華人民共和国の公民は、言論、出版、集会、結社、行進、示威の自由を有する」とあり、続く第36条は「中華人民共和国の公民は、宗教信仰の自由を有する」とある。中国の人たちにはこのような自由はないのが中国の現実だからここでも憲法の規定は守られていないということになる。筆者などは法律は守らなければならないと教えられてきたので、憲法の規定を守らないで国が動いていく、管理されているということがよくわからない。それでは中国では何を規範として国を管理運営しているのであろうか。

「709事件」をご存知だろうか。中国政府当局が2015年7月9日を機に中国の人権派弁護士や民主活動家ら200人以上を国家政権転覆容疑などで一斉に逮捕拘束したのである。これらの弁護士たちは中国共産党の弾圧対象の人たちを弁護したため逮捕されたのだという。中国では弁護士が被告を弁護することはできないのであろうか。いずれにしても中国の法制は西側諸国とはかなり違うらしい。中国の法制には研究者も首をかしげるようなケースがあるようなので、以下に紹介しておきたい。

<中国の法制には研究者も首をかしげる>
「ウイグルでの100万人ともいわれる強制収容疑惑、全国各地で行われるキリスト協会や寺院・廟などの破壊と『社会主義的改造(教会や寺院・廟に習近平や毛沢東の肖像や語録を掲げたり、習近平思想の学習を行うなど。)』、大きなイベントやセレモニーのたびに行われる『敏感人物(要注意人物)』の失踪や『被旅行(強制隔離)』、広範囲の住民に対する外出禁止・行為規制、さらには図書館や学校などでの『傾向性書籍』の廃棄など、憲法上の人権侵害どころか、法的根拠すら明らかでない(少なくともそれが明白にされない)まま行われる法的権利のはく奪についての告発は枚挙にいとまがない。」(「中国の法概念について考える:『新時代』の『法治』が示すもの」但見亮、『一橋法学』、第19巻第1号、2020年3月、34頁)これで中国の法制の現状が多少はお分かりいただけたのではあるまいか。

だがわからないのは、香港返還後23年間犯罪者を取り締まるのに特別な法律を必要としなかった中国がいまここにきて、香港に作らせるのではなくあえて自ら制定した「国家安全維持法」を香港に導入したのはなぜなのかというところである。中国は返還に際して香港に「高度の自治権」を約束したことなど全く気にせず香港で様々な活動を展開していた。「高度の自治権」を約束した香港における不法な活動だっただけに、さすがに公然と動くわけにはいかずスパイ工作のようにひそかに行われた。だが傍若無人に、乱暴なことをするので時には地元のマスコミに報じられることもなきにしもあらずであった。香港内外で大きな話題になった二つの事件を紹介してみよう。

<中国は香港で深く静かに潜航する>
その1 2015年から2016年にかけて起きた銅羅湾書店関係者失踪事件である。香港にある銅羅湾書店の店主、店員、関係者ら4人が2015年10月以降訪問先の中国広東省やタイで次々に行方不明になったのである。さらに書店の親会社の株主で、作家の李波氏が同年12月末店の倉庫を出たきり連絡が取れなくなってしまった。その後これら5人がいずれも中国大陸で拘留されていたことが明らかになった。この書店は中国要人のスキャンダルを取り上げた書籍を出版、販売していたことで知られており、それが原因と見られている。

その2 2017年1月にも同じような事件がおきた。数年前から香港のホテルに長期滞在していた中国の大富豪肖建華氏が1月末ホテルから中国の警察官に連行されたまま行方不明になったのである。中国で拘束されていると見られているが、2015年の中国株式市場の混乱と関係があるのではとか、中国政府要人の汚職事件がらみだとか地元では報じられた。

筆者がこれら二つのケースをあえて紹介したのは中国の公安機関には香港でできないことはないということを言いたかったからである。

「国家安全維持法」のターゲットとされている国家分裂罪、国家政権転覆罪など四つの犯罪にしても「国家安全維持法」がなくても取り締まることができないわけはない。

新聞報道によると「国家安全維持法」が施行された日の翌日、香港返還23周年記念日に当たる(2020年)7月1日香港中心部で中国、香港両政府に抗議するデモが当局の許可を得られないまま行われ、「香港独立」と記された旗を所持していた男女9人が、また7月29日にはSNSで「香港独立」を主張した廉で16〜21歳の男女四人が「国家安全維持法」違反容疑で香港警察に逮捕された。このほか香港警察は7月31日までに若手民主派団体「香港衆志(デモシスト)」(「国家安全維持法」施行直前に解散)の創設メンバーの羅冠聰氏ら海外に滞在している民主活動家ら6人を「国家安全維持法」違反容疑で指名手配したという。(『読売新聞』7月2日朝刊、7月30日、8月1日夕刊) これら香港住民を逮捕するのに正当な理由があるのかどうかは別として「国家安全維持法」がなくても対応することはできるであろう。

<「国家安全維持法」で中国要員の秘密活動が合法化される>
それでは「国家安全維持法」の導入前と導入後で何も変わらないのであろうか。犯罪捜査の観点から言えば導入してもしなくても同じである。中国の工作員はどんな手段を使っても命じられたことは実行すると香港では信じられている。中国の行為や行動を止めることのできる者は香港にはいない。だが一つだけ重大な変化が起きる分野が認められる。

たとえば民主化デモに参加した学生、市民を捜索したり、逮捕したりする場合、「国家安全維持法」がなければ中国の工作員は従来通りすべて闇から闇へと処理しなければならない。しかし民主化運動の活動家や反中国分子を多数逮捕したり、中国本土に身柄を“拉致”したりするのは難しい。マスコミに大きく報じられたり、国際世論から厳しく批判される可能性が少なくないからだ。ところが新法導入によって中国工作員の活動はすべて合法となるから、捜索でも、逮捕でも、身柄の中国移送にしてもすべて公然と行うことができることになる。香港の民主化運動を徹底的に弾圧するにはきわめて重要な変化といってよいであろう。

おそらく中国は2019年から2020年にかけて香港で展開された大規模かつ長期間にわたる、過激で暴力化する若者たちの民主化要求、反中国デモにショックを受けたに違いない。このようなデモがいつまで続くのか。香港住民に約束した「現状維持50年」の残りの27年の間に香港は中国から離れて独立してしまうのではあるまいか。香港の中国化を急がなければなるまい。そんな焦りにも似た危機感が強まっているに違いない。香港の反対勢力を今のうちに徹底的に叩き潰さなければならない。そのためにもこの鎮圧活動を合法化し、公然と、断行しなければならない。中国が「国家安全維持法」を敢えてこの時期に導入した背景にはこのような危機感があったと考えられる。これを機に中国は香港の民主化勢力と反中国分子を断固、徹底的にたたきつぶす構えなのである。