topics & News to Home
霞山会とは
月刊『東亜』
講演会・シンポジウム
中国への研究留学
日本への研究留学
東亜学院中国語学校
東亜学院日本語学校
日中交流
霞山会館
交通案内
各種お申し込みForm

■中国マクロ経済分析
 慶應義塾大学駒形研究会

■霞山学生会
■リンク集
■サイトマップ
一般財団法人霞山会
東京都港区赤坂2-17-47
赤坂霞山ビル
TEL.03-5575-6301
FAX.03-5575-6306

韓国百名山

第45回 巨岩と名刹が調和した高敞の名山 禅雲山
2018-03-19. 森正哲央
319morismall.jpg
禅雲山とツバキの森
全羅北道高敞郡に位置する禅雲山は低山ながら、山ふところに抱かれた古刹や渓谷が秘境の雰囲気を漂わせ、奇岩怪石が随所で偉観を呈し「湖南(全羅道)の内金剛」とも呼ばれている。かつて、山中の兜率天宮にちなんで兜率山と呼ばれたが、禅雲寺が有名になるにつれて禅雲山と呼ばれるようになった。

1979年には道立公園に指定され、禅雲山一帯では、4月中旬のツバキ芸術祭り、6月のブラックラズベリー(覆盆子)祭り、9月の水産物祭りなど、年間を通してさまざまな催しが開かれている。主峰は西北端の鏡水山(444m)だが、登山の核心部は、中央に位置する禅雲寺と、切り立った谷間に兜率庵内院宮、兜率庵、麿崖仏など多くの史蹟がある天馬峰一帯。主な登山コースは、西側と中央の峰筋にのびている。今回は禅雲山、国師峰、天馬峰を縦走し、禅雲寺へ戻るコースを歩いてみた。

高敞バスターミナルから禅雲寺行きバスに揺られること20分、終点の心元面三仁里で下車する。一帯は新緑の山に囲まれ、郷土農業遺物展示館、伝統工芸販売場、ユースホステルなどの各種施設も充実した門前町となっている。観光案内所で地図をもらい、禅雲川沿いの並木道を禅雲寺へ向け歩き出す。

川対岸の崖に目につくのが、青々と茂る常緑蔓性木本の木蔦で、天然記念物に指定されている。右手は多様な植物が観察できる禅雲山生態林で、ヒガンバナ畑や、全国8道の草木を集めた「八道の森」などが整備されている。遠足で来たのか大勢の小学生が元気に走り回っていた。

道端に並ぶ露店のおばさんに声をかけられ、自家製という果汁100%のブラックラズベリージュースを飲んでみた。おばさんが自慢するだけあって、ほど良い甘さでとても美味しい。ビタミンが豊富で身体にも良いという。韓国では、ブラックラズベリー酒(覆盆子酒)が国民酒の地位を得ており、ほとんどのスーパーやコンビニで見かける。

「兜率山禅雲寺」と額のかかった一柱門を過ぎ、樹間の参道を歩くこと約7分で禅雲寺についた。天王門をくぐり境内へ。禅雲寺の創建は、新羅第24代王の真興王によるという説、百済の黔丹禅師(生没不詳)によるという説、真興王が創建し、黔丹禅師が再建した説がある。かつて数多くの附属庵と寮舎を容し、3000人余りの僧侶が学んでいた。今も4つの庵、兜率庵、石床庵、東雲庵、懺堂庵とともに法灯を継いでいる。

禅雲寺の裏山に鬱蒼と茂る、約3000株を超えるツバキは山火事から寺を守る保護林として植林されたもので、天然記念物に指定されている。開花時期によりツバキは春椿、秋椿、冬椿と書き分けるが、禅雲寺のツバキは春に咲く春椿が中心だ。

天王門を出て、来た道を少しだけ戻り、禅雲寺の塀に沿って裏山へ進む。茶文化体験館と禅雲谷生態村を右手に見て、林道を15分ほどゆるやかに登ると石床庵の前にでる。ここから本格的な山道で、マイ峠(260m)まで25分の登り。一帯にはモミジが多く、秋には紅葉が綺麗に違いない。

マイ峠の十字路で左折してひと登りすれば見晴らしがよい禅雲山の山頂につく。眼下には先ほどの禅雲寺が俯瞰でき、新緑の中、ツバキの葉の色がひときわ濃い。北に目を転じれば黔沼湾を挟んで辺山半島が望め、西の黄海には、かつて流刑地だった蝟島がのどかに浮かぶ。

禅雲山から国師峰へ向かう。100m下の三叉路を右へ。海抜210m地点まで下り「黔堂塩展示館5.72キロ」と指導標が立つ三叉路をそのまま直進すると再び勾配がきつくなる。岩の横を過ぎ少し行くとケルンのあるピークにでる。ここが国師峰の山頂で、薄紅のツツジが黄海から吹く風に揺れていた。西にほぼ同じ高さで犬歯山が対峙する。

国師峰からひと下りするとソリ峠。さらに進むと視界が開け、目指す落照台と天馬峰をはじめ、獅子岩やペメン岩など南側の山容が眼前に広がる。木段を下ったら、今度は落照台へと上り返す。落照台は、名前の通り日没の名所で、KBS大河ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』のロケが行なわれた。

落照台から東に200mほど突きでた巨岩が天馬峰で、東端の絶壁上から兜率庵内院宮(上兜率庵)や兜率庵、真興谷を挟んで反対の峰筋に屹立した獅子岩、岩壁登攀コースのトゥグ岩が一望できるルート一の好展望地となっている。

真興谷へ向け長い鉄階を急下降し、細流を渡ったら、七松台に刻まれた大きな兜率庵麿崖仏の下にでる。高麗時代のもので、高さは15mを超え、下から見上げていると首が痛くなった。羅漢殿横の急な石段を上がり、七松台に築かれた兜率天内院宮(上兜率庵)へ。内院宮に奉安されている高麗時代の地蔵菩薩坐像は、宝物に指定されている。内院宮は新羅時代からあったとされるが、現在の建物は李朝初期に建立された。

石段を下り、兜率庵を過ぎると駐車場で、平日ならマイカーもここまで進入可能。樹齢約600年の長沙松と、仏教を保護した新羅第24代国王、真興王の伝説が残る真興窟の前を過ぎ、川沿いの広い砂利道を禅雲寺まで戻る。長沙松の名は高敞の古名、長沙県にちなむ。洞窟で寝ていた真興王が、岩から弥勒三尊仏が現われる夢を見たことに啓示を受け、禅雲寺前身の重愛寺を創建したと伝わっている。

●アクセス(バス)
・高敞〜禅雲寺 一日4本・17分所要
・高敞のほか井邑や光州からもバスが出ている