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アジアの今昔・未来

第489回
日本に留学したベトナム人尼僧の数奇な仏縁

2019-06-24. 伊藤 努
東京・港区の芝公園に近い浄土宗の寺院「日新窟」を拠点にして、技能実習生や留学生として来日したベトナム人の若者が過労死などさまざまな理由で非業の死を遂げた際に在日ベトナム大使館などから連絡を受け、身寄りのない同胞の故人の葬儀などのお見送り・弔いのボランティア活動に当たっているベトナム人尼僧、ティック・タム・チーさん(41)は1978年1月、貧しい家庭の9人きょうだいの末っ子として戦後の混乱がまだ続く南北統一後のベトナムでこの世に生を受けた。幼い頃に、旧南ベトナム領だった中部高原のザーライ省の電気、水道もない貧しい村に一家で移住することになり、村の市場で野菜売りをする母親のわずかな収入を頼りに子供時代を送ったそうだ。それでも、家の近くにあった仏教の寺にお参りするうちに、幼心からお坊さんの姿やたたずまいに憧れ、7歳で得度し、厳しい仏門の道に入った。

俗世界とは離れた子供僧としての修行の日々は、預け先の南部ホーチミン市(旧サイゴン)の尼寺が舞台となったが、タム・チーさんは生来の頑張り屋さんであることに加え、修行と勉強にも身が入り、地方の貧しい家庭の出身者ながら大学の東洋学部に進学することができた。仏教の勉強をするうちに興味を持った仏教伝来国の日本の言葉を習得することにも熱が入り、23歳の2001年に観光で日本を初めて訪れたのが転機となり、翌年からの日本留学につながった。入学できた東京都内にある仏教系大学では仏教学やサンスクリット語などを学びながら、学士・修士号を取得したのに飽きたらず、博士課程にまで進んだ。大学院ではインド哲学である「如来蔵思想」を研究対象としたという。

留学先の日本で尼僧として仏教学を専門的に研究する中で面識を得たのが、ベトナム仏教界と国際的な交流を続けている東京・港区の浄土宗「日新窟」の住職、吉水大梧師だった。「日新窟」では、親代わりでもある住職の秘書役や通訳を務める傍ら、週末には勤行などの法務も任されるようになり、僧侶としての仕事が増えていく。

現在に続く日本在留ベトナム人の人道支援活動の先駆けとなったのが、2011年3月の東日本大震災時に被災地で足止めを食ったべトナム人技能実習生や留学生の避難支援で、このときは在京のベトナム大使館などとも協力しながら大型バス3台を手配し、被災地の滞在先で行き場を失っていたベトナム人の若者ら84人を安全な場所に移送した。

近年増えているのが、技能実習生や留学生として来日したベトナム人の若者が滞在先のアパートなどで突然死したり、借金苦や孤独感などから自殺したり、あるいは海水浴場で遊泳中に溺死したりと、不慮の死を遂げた後、異国の日本では身寄りのない同胞の身元引き受け人の立場で、葬儀の手配や立ち会い、本国の遺族の元への遺骨引き渡しなどのボランティア活動だ。誰にでもできる支援活動ではないだろう。尼僧という仏(ほとけ)に仕える立場が不思議な仏縁となって、タム・チーさんの活動の原動力になっているかに見える。

日本には現在、33万人を超えるベトナム人が在留しているが、技能実習生や留学生などの急増に伴って、不慮の死を遂げる人が増えるのは自然の流れとはいえ、ここ数年の死者、特に20代から30代という若者世代のベトナム人の死亡例が多いのはやはり異常だ。仕事柄、日本で身寄りのないそうした若者の死後の見送りなどの支援に駆り出されるタム・チーさんは、日本の外国人労働者の受け入れの背後にあるさまざまな問題点をよりよく知る立場にある。次回の本欄で、タム・チーさんならではの貴重な分析を紹介させていただくが、尼僧として、多忙なボランティアの支援活動を行っている理由として、「破れていない葉っぱは破れている葉っぱを包むべき」というベトナムのことわざを教えてくれた。