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アジアの今昔・未来

第460回
マラッカは味と香の分水嶺(下)

2018-08-15. 直井謙二
取材が終わり帰り際にニューデリー市内で一軒の中華料理店を見つけた。屋号は「金龍飯店」、転がり込むように店に入った。出てきた店員は明らかに中華系だが、メニューを差し出すだけで愛想がない。メニューを見て驚いた。「龍」の字の「つくり」と「偏」が左右ではなく上下になっているのだ。店員に字がおかしいと指摘しても漢字を理解できないのかピンとこない様子だ。店員を外に連れ出し店の看板の「龍」とメニューの「龍」が違うことを指摘したが、笑うだけ。これでは先祖が付けた屋号も形無しだ。

メニューの中に「YOSENABE」の文字を見つけた。中華料理店なのに日本料理の寄せ鍋がメニューに載っている。何代も代替わりし周りに華僑もおらず中国の文化が完全に消え去ったように感じた。ニューデリーの中華料理店で日本料理である「寄せ鍋」を食べるのはかなりの冒険だと思ったが、カレーよりはましだろうと注文した。

しばらくすると鍋が運ばれてきた。形は一応鍋料理である。期待を込めて中を除くと何やら闇鍋の様で内容物がよく分からない。とりあえず食べてみたが、出汁が入っていないのか味がしない。

マラッカを越え味の文化が香りに変わったインドで、出汁の食文化は難しい。豆腐と思える白い塊を食べてみるとチーズだった。寄せ鍋を紹介した写真を参考に見た目が同じような具を入れてみたようだ。豆腐が手に入らないのチーズを入れたと思われた。これなら食べ飽きたカレーの方がましだと後悔した。

第二次世界大戦中、日本は大東亜共栄圏を設定したが、ビルマまでで、その西は含まれていない。旧日本軍も中国文化圏の外になるビルマより西を大東亜共栄圏にしなかった。ビルマを失った欧米諸国は援蒋ルートを日本の支配が及ばないインドに移した。旧日本軍はこのルートを閉鎖するためインパール作戦を強行するが大失敗に終わった。中国文化圏の外で活動することは華僑にとっても旧日本軍にとっても壁が立ちはだかった。

化学調味料が売れる範囲は中華圏であると同時に大東亜共栄圏と一致する。一方で中国の陶器はマラッカを越え遠くヨーヨッパまで運ばれ、中国の福建省にはインドの職人が建てたと思われるヒンズー形式の寺院が残っている。一攫千金を夢見て活発に行われた貿易は短期に終わるビジネスの旅だ。

一方、長期の定住となれば食生活は重要だ。マラッカが隔てる味と香りの分水嶺は定住を目指す華僑と印僑を押し戻したようだ。