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アジアの今昔・未来

第521回
老舗鮨店4代目、「鮨大使」として伝統食文化を海外発信

2020-07-07. 伊藤努
都内にある老舗の鮨(すし)店の4代目としてお客に「江戸前の鮨」を握りながら、日本の伝統的食文化の一つである鮨を海外に広める活動を続ける自称「鮨大使」(スシ・アンバサダー)の若旦那の講演を聞く機会があった。時には鮨をつまむ一人の日本人として、天ぷらや蕎麦などと並んで和食の代表選手とも言える鮨の食文化について多くの新たな知見が得られた興味深い講演だったので、今回はそのさわりを紹介したい。

鮨大使を名乗るT氏はまだ40歳になったばかりの老舗の若旦那だが、その行動力と内外への発信力は目を見張るばかりだ。実家が江戸前と呼ばれる東京湾に近い高級鮨店だったので、すでに5歳にして将来は店を継ぐ決意をしたというのだから、しっかりした考えの持ち主の子供だったのだろう。だが、現在は鮨大使として、鮨職人・板前の本業をこなしながら、「鮨を通じて日本文化を広める活動」にのめり込むには学生時代の専門的な勉強と大学卒業後の4年間の欧米などでのスキー指導や国際的なクルーズ船に乗船してのツアーガイドとしての海外での現場体験が大いに影響しているようだ。

T氏の10代後半から20代半ばにかけての経験に共通するのは、日本と外国などの間に横たわる異なる文化や慣習を理解するためのコミュニケーション(異文化対話)の重要性に気づき、それに大きな関心を持ち、こうした個人的な興味をバネにして海外でのスキー合宿やクルーズ船での船旅などを通じて、日本の食文化を発信する自らの使命にまい進する道を見いだしたことだろう。生まれ育った実家が江戸前の握り鮨を売り物にする有名な鮨店だったというのも、T氏の強みとなった。

海外では各地にある日本レストランも人気で、日本の鮨文化についてはかなり知られているものの、伝統的食文化の歴史や具体的なネタ(食材)、作り方となると断片的な知識にとどまるのが実情だ。そうした中で、若い頃のT氏は海外での異文化体験活動で機会があれば、実家で見よう見まねで覚えた鮨づくりの腕前を外国の友人たちに披露し、日本の食文化紹介の面白さを発見したようだ。

T氏はこうして、家業の鮨店の4代目として、父親(3代目)の下で鮨職人となるための修業を本格的に開始することになる。25歳のときだった。老舗の鮨店を背負って立つためには、数多くある鮨ネタの魚介類の仕入れから調理法、シャリと呼ばれる鮨飯の作り方、鮨の握り方などさまざまな作業を体得する必要があるが、日本の伝統的食文化を体現する江戸前の握り鮨のすべてを正しく外国の人たちに紹介するための猛勉強も始めた。ネタとなるマグロなどの魚の捕り方や、うまい・まずい魚の見分け方なども、全国各地の漁師や市場関係者から聞き、一流の鮨職人となるための努力を惜しまなかった。

本業の合間に定期的に入る鮨大使としての活動は、海外での日本文化紹介イベントなどでの握り鮨出前出張から、実家の鮨店での素人向け握り鮨体験の開催など多岐にわたるが、何と言っても「大使」の肩書としての大きな仕事の一つは、昨年に大阪で開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議の際に首脳伴侶のファーストレディー向けに握り鮨を振る舞ったことだろう。このときは、宗教的・文化的事情から生の魚は食すことができない首脳夫人がいたり、野菜しか食べないベジタリアンの参加者がいたりということで、イベントに参加の20人すべてに違うネタを用意して握り鮨を提供したという。舞台裏のご苦労ぶりには驚くばかりだ。

日本に在住して45年という日本通の外国人がT氏の講演後に質問に立ち、鮨の半分を占めるシャリ(鮨飯)について、シャリをどのように工夫して作っているのかを聞いた。鮨飯のシャリについては、鮨店ごとに作り方や調味料の使い方に違いがあるとのことで、酢や砂糖、塩の配分・配合はそれぞれの鮨店が得意とする鮨の出し方によって異なってくるのだという。また、シャリ切りという、炊いた鮨飯の最終工程はそれぞれの作り手によって微妙な差が出てくるとのことで、T氏は実家の鮨職人のシャリ切りが誰によるものか当てることができるそうだ。江戸前の握り鮨の奥義を極めようとするT氏の日本の食文化発信の挑戦は、世界に日本文化の良さを知らしめる素晴らしい事例だろう。鮨大使の名に恥
じない、野心的な若手鮨職人の文化外交の取り組みに大きな拍手を送りたい。