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ベトナム 生活図譜

第32回 モン族の王様
2019-10-30. 竹森紘臣
 ベトナムは54の民族からなる多民族国家であることは何度かこの連載でも紹介させていただいた。人口の85%以上の殆どがキン族が占め、その他は少数民族で主に中国、ラオス、カンボジアの国境付近に住んでいる。中国との国境付近に少数民族が多く住むハザン省がある。中国国境周辺の少数民族はかつて中国の同化政策から逃れるためにベトナムに入境してきた民族が多いといわれている。ハザン省は筆者がはじめて訪れた7年前には外国人は入境許可証がないと入ることができない特別な場所であった。しかし、ここ数年でベトナム人にとっても観光で人気のエリアになった。ハザン省を車で走ると色とりどりの民族衣装で身を包んだ女性を見ることができる。観光化が進んでいるとはいえ、道ゆく子供が観光バスに向かって手を振ってくれたりとまだ牧歌的な雰囲気が残っている。

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ハザン省サフィン地域(ハザン、ベトナム)
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フランス風の鉄格子(ハザン、ベトナム)
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ケシの実の装飾(ハザン、ベトナム)
 今回はこのハザン省にあるかつて王宮だった建物を紹介したい。その王宮の主の名はVuong Chinh Duc(1865 - 1947) という。モン族の男である。Vuong王は若い頃はグエン朝からこの地方に派遣されていた役人に遣えていた。さまざまな交易を行い経済力をつけていった。彼の交易のもっとも大きな商品はアヘンだ。ミャンマーからカンボジアにかけてのゴールデン・トライアングルから中国にわたる地域のアヘン流通量の約3割を取り扱っていたともいわれている。

 そして1919年に王宮の建設に着手し、約9年間の年月を掛けて完成させた。この王宮はハザン省のサフィン地域にある。この地域は岩山が切り立つ起伏に富んだ地形を持ち、(写真1)王宮はその岩山に囲まれた小さな谷に位置している。この王宮は要塞としての役割も大きい。中国人の風水師が「この場所は亀の甲羅のかたちをしているから幸福が訪れる」としてこの地を選んだとされているが、その理由だけでこの場所が選ばれたわけではないだろう。この要害の地はのちのフランス軍との戦闘の際にも大きな助けになったに違いない。

 王宮は高さ2m、厚さ80cmほどの正円の石の塀で囲われ、その中に三層の中庭型の建物が建てられている。(建物配置図参照)面積が約1000平米ほどの2階建てで、様式は中国とフランスとモン族の折衷様式だ。(写真2)この円い形状は周囲からの敵の侵入を見張るのにも有用であった。中庭式建物が、正円の塀で壁で囲われているというのは、中国でもベトナムでも珍しいのではないだろうか。風水、防衛の理由の他にモン族の世界観と関係があるのかもしれない。建物は木構造で壁は石積みや土壁である。彫刻部分は中国的なモチーフが多い一方で、テラスにはフランス風のデザインの鉄格子が取り入れらている。またアヘンの花や果実を模した装飾もあり、いかにこの王国がアヘンの力に支えられていたかをうかがわせる。(写真3)建物内部は一族の邸宅と王の執務室であり、第一層には親族、第二層には夫人と子供、第三層に王の住居と執務室が設けられている。その他にはアヘンの貯蔵庫や武器庫などが備えられ、侵入者にたいして銃を撃つための穴があいた物見部屋もある。

 Vuong王とその息子は、グエン朝時代からその崩壊後にかけて、モン族や近隣の他の民族を率いて侵略してくるフランス軍に勝利し、この地域を治めていた。この地域の治世は現在ではベトナム政府によって行われているが、王の末裔は今でもこの周辺に暮らして、この王宮の管理をしている。
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建物配置図 (ハザン、ベトナム)