どこがどのように不自然なのかというところから始めよう。
この約二分前後の画面は『紅海行動』のテーマとはまったく無関係なのである。ドラマの舞台もおそらく追悼式も中国を遠く離れたソマリア沖辺りだったはずである。どこに南シナ海が映し出される必然性があるのか、というのが第一点だ。しかもこの約二分前後のシークエンスは中国の領海に対する排他的な姿勢と自国の先進的兵器(筆者にはわからないのだが、先進的兵器に違いない)と軍事力を誇示する態のもので、これは在外中国人同胞の撤退救出作戦というこの作品のテーマと矛盾するものである。
さらに映画にはテーマやストーリーにふさわしいそれぞれのリズムや勢いのようなものがある。そのような観点から観るに、この映画のエンディングは同胞救出作戦の二人の犠牲者の艦上の追悼式がふさわしい。独断的だといわれるのを覚悟でこう指摘したいのである。監督もおそらくそのような考え方だと筆者は考えている。つまり監督にとっても最後の約二分前後は意に沿わないものであったに違いないと筆者は考えている。
筆者のこうした見方が当たっているかどうか確認するのは難しい。監督をはじめ関係者に尋ねても否定されるに違いないからである。したがって筆者の考え方は、当面あくまでも仮定、個人的見解として話を進めざるを得ない。筆者と異なる見方のファンもいるであろうから、このことをまずお断りしておきたい。
その上で話を続けると、監督も意図しない蛇足の約二分前後のシークエンスが削除されないで残っていたのはなぜかという問題に突き当たる。さまざまな事情があって監督もノーと言えなかったに違いないが、ここには中国で映画を作る難しさ、複雑さのようなものが垣間見えるような気がするのである。
何か大きな政治的な圧力が働いて、テーマとは直接関係はないが、対米戦略の観点から南シナ海に対する中国の領有権をアピールする部分が挿入された、と筆者は考えている。中国では政治経済から映画芸術まですべてを共産党が管理している。しかも政治優先なので、映画も政治から逃れることはできない。だからこのようなケースは中国の映画界では決して珍しいことではない。最近もこんな話を聞いた。
中国では一時期抗日戦争を取り上げた映画がたくさん作られたことはよく知られている。中国の映画人たちはこのテーマを扱っていれば当局から批判されたり、上映禁止などという憂き目に会わずに済むと考えていた。ところが日中関係が好転し、わが国の安倍首相が訪中するとなるや抗日戦争をテーマにした作品はすべて“凍結”されてしまったという。『紅海行動』の場合も似たような背景があったのではあるまいか。
『紅海行動』は実は海軍首脳のアイデアから生まれたものだと伝えられている。2015年イエメンで内戦が突発した当時の現地在住の中国人同胞撤退救出作戦をテーマにした映画を作り、海軍兵員の士気を鼓舞し、国民に海軍の活動を理解させ海軍の力を大いに宣伝しようと考えたのである。当初海軍自身が制作しようとして海政電視(テレビ)芸術中心(中国人民解放軍海軍政治部電視芸術中心)に制作を命じたのだが、同中心はこれまで映画を作ったことはないので、民間の映画制作会社博納影業集団(Bona Film Group Limited)に制作を依頼したという。このように海軍の肝いりでこの映画が作られたとすれば、中国で軍の立場はきわめて強いので監督としては泣く子と地頭には勝てないとあきらめるほかなかったであろう。
もう一つ指摘しておきたいのは、『紅海行動』が中国の「主旋律電影(映画)」と呼ばれるジャンルの作品だという点である。主旋律映画は1987年に政府当局によって作られたジャンルで、当初は中国革命の歴史や指導者の伝記など題材が限定されていた。だが、現在では題材の制限などはなくなり、中国当局の政策や見解を反映する作品が主旋律映画に指定されるようになった。『紅海行動』の林超賢監督も「『紅海行動』はそんじょそこらの映画とは違う、国のために撮っているんだ。」「我々の作品は普通の映画ではない。海軍に支持された映画なのだ!」と誇らしげに語っている。監督がこんなことを言っているのではラストの約2分前後は蛇足だなどと抗議することなどできない相談である。
中国の主旋律映画のことは日本ではほとんど知られていないが、2013年1月から2018年4月にかけて178作品がこのジャンルの作品だというから、中国映画のなかでは無視できない存在というべきであろう。主旋律映画と聞くと中国の映画ファンは煙たがり、敬遠する傾向にあったが最近は『紅海行動』や『戦狼Ⅱ』のような面白いアクション映画も登場したので主旋律映画に対する見方も変わってきたのではあるまいか。
それはともかく主旋律映画は中国共産党と政府のお墨付きの作品だから制作過程や完成後の組織的な観客動員などさまざまな便宜を図ってもらえるという強みがある。それだけに党や政府の管理は厳しく要求や圧力も強い。これに反して監督を含め制作者側の立場は弱い。
写真1:「軍艦の甲板に純白の制服の兵士、乗員 が整列して戦死した兵士の追悼式を厳かに。 このシーンで『紅海行動』は終わるべき だった。」(クロックワークス提供)
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