第343回 ホーチミンでのホームコンサート 伊藤努

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第343回 ホーチミンでのホームコンサート

最近、ベトナムのホーチミン市(旧サイゴン)を旅した折、大都会である同市の新興開発地区にあるフーミーフンの知り合いの女流チェリストのお宅を訪ねた。ホーチミン音楽院マスターコースを修了後、母校でチェリストの後進育成のため教鞭を執る傍ら、自宅で音楽教室を開き、子供たちにも教えている音楽家である。国際チャリティーコンサート「1000人のチェロ・コンサート」などの演奏活動でたびたび日本を訪れている親日家でもある。
そのチャン・トー・ガーさんの邸宅に筆者を含む日本人の知人、友人が7人も訪ねてくるということで、一夕、プロで活躍する地元の音楽仲間と教え子の計5人が集まり、ホームコンサートでのおもてなしとなった。楽器はホスト役のガーさんが演奏するチェロ、ベトナム人の若い兄妹が競演したピアノのほか、地元の民族楽器として、日本の琴に似た「ダン・チャン」、竹でできた木琴のような楽器を縦にして演奏する「トルン」、竹で組み立てた簡易台に長さ数十センチの竹の筒を10本ほど並べた「クロンプット」の3つが登場した。

チャン・トー・ガーさんの邸宅にてホームコンサート

「ダン・チャン」「トルン」「クロンプット」のベトナムの伝統楽器は目にするのも、演奏を聞くのも今回が初めてであり、その意味でも忘れられないコンサートとなった。特に最後に登場した「クロンプット」は、演奏家が並んだ竹の筒の上で次々と両手をたたいて音を出すという、最初は楽器だか手品の仕掛けだか分からない「奇妙な装置」だったので驚いた。

この「クロンプット」の演奏を始める前に、急造の舞台を前にして1階の居間のソファーに並んだ聴衆の一人であるビジネスマンのNさんが呼ばれ、演奏家の言われるままに竹の筒の上で手をたたくと、確かに「音」が出た。違う竹の筒の上でたたくと、別の音が鳴るので、確かに音階があるようにも聞こえたが、もちろん演奏というわけにはいかなかった。その後、本職の演奏家は竹の筒の上で両手をせわしく移動させながら手をたたき、見事な音楽を奏でた。聞いての印象だが、確かにすばらしい演奏ではありながら、最後まで手品に近い音楽のように思えてならなかった。

ガーさんが演奏したチェロ

純白の絹のドレスに身を包んだガーさんが演奏したチェロの曲目「アベマリア」「故郷に帰る」のメロディーやホームコンサートでの伝統楽器の余韻がまだ耳に残っていた翌日朝、筆者ら日本からの遠来客一行のメコン河クルージングの案内役を買って出た女流チェリストはスマートフォンを片手に趣味のいいシャツ姿で迎えに現われた。ガーさんは日系進出企業の現地法人責任者も務めておいでで、一流の音楽家にとどまらず、その八面六臂(はちめんろっぴ)の才媛ぶりに私たち一行は大いに驚いたのである。

 

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