最近日本でも「墓終」や「墓の墓」など先祖代々の墓守に対する意識が薄れ、樹木葬や散骨などが墓をつくらない埋葬が浸透し始めている。
仏教やイスラム教と異なりヒンズー教ではほとんど墓をつくらないことはよく知られている。聖なる河ガンジス川などに遺灰を流す散骨が一般的だからだ。ヒンズーの影響を受けた国に共通することだが、死去すれば魂は輪廻転生し来世に移る。仏教などと異なり残った遺体に対して重きを置かない。このためか火葬は特に公衆の目を避けることもなく淡々と行われる。
家族と共にネパールを訪れていた時、カトマンズの寺院の下を流れる川の淵で火葬に遭遇した川はそう大きなものではなく川下では主婦が食器を洗っていた。火葬用の木材が高く積み上げられた脇には遺体が3体並んでいた。小学生だった子供には火葬の現場を見せたくなかった。そばの寺を指さし「ほら見てごらんきれいな寺だよ」と言いながら歩き出した。うまくだませたようで子供は寺の方に歩き出した。
その晩ホテルで夕食を食べていると子供が「今日は川で人を焼いていたね」とこともなげに言う。しっかり現場を見られたことより、火葬に大きなショックを受けていないことに驚いた。
ヒンズーの聖地ヴァラナシを取材していた時、寺院の境内に大勢の高齢者が寝ている光景を見た。間もなく死を迎える高齢者が出家し、境内に横たわっているのだという。食事などは家族が運び、死亡すると近くの川で火葬する。毎日、死亡しているかどうか調べるのだという。丁度、遺体を運び出すところに出会わせ奇妙な気分になった。
シルクロードをテーマに活動を続けた故平山郁夫画伯は遺跡の正面だけでなく遺跡を360度回り様々な方向からスケッチされた。楼蘭やアンコール遺跡の旅に同行させていただいた時もあらゆる角度から遺跡をスケッチされていた。インドのイスラム寺院タージマハルでも同じように寺院の様々な角度からスケッチしようと観光客の行かない裏手に回ったときの経験を伺ったことがある。
タージマハルの裏手のガンジス川の支流の河原を歩いていた時無数の頭蓋骨があったという。川の中洲に散骨が溜まっていたと思われる。その後、タージマハルを訪れる機会があったが、画伯の言葉を思いだし裏手には回らなかった。(写真)
日本も大家族から核家族へ変わり少子化も止まらない現実を見ると将来を見据え散骨や樹木葬が増えていくことは避けられないだろう。
写真:タージマハル
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