第414回 タイ北部でひっそりと暮らす元国民党員  直井謙二

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第414回 タイ北部でひっそりと暮らす元国民党員

タイ北部、ミャンマーとの国境に近いチェンライの郊外に国共戦争に敗れた中国国民党の元党員や末裔がひっそりと暮らしている。チェンライはミャンマーとの国境の町で高台からミャンマー領が見渡せる場所だ。幾重にも屋根を重ねたビルマ式の寺院が点在し、タイの果ての街であることを感じさせる。

中国共産党との戦争に敗れた国民党軍の主力は台湾に逃れたが、インドシナ半島近くで戦闘を続けていた国民党軍の一部は主力に合流することもできずタイ北部などに逃れた。共産党勢力がタイに押し寄せることを恐れたタイは中国語の教育を制限するなど対抗措置を取り国民党の元党員らはタイ北部で待機させられた。国民党軍の兵士らは台湾の主力部隊が大陸に向け反転攻勢する機会を待った。

時代が移り、改革開放政策を執る中国は経済力をつけ、多くの中国企業や観光客がタイに押し寄せている。今やタイは中国語ブームだ。世代交代も進んでも国民党の元党員の末裔はなかなかタイ社会になじめないようだ。

清朝末期に汕頭などから渡ってきた華僑は親戚や地縁を頼ってバンコクの中華街ヤワラなどで商売を始め、少なからぬ人が事業で成功しているが、国民党の元党員はインド文化を受容したタイ社会になじめずタイ人からは「コクミンタン」とよばれている。華僑に対して違和感を持たず通婚も進んでいるのとは対照的だ。

元党員らの一部はタイ北部の山岳地帯を利用してケシを栽培、アヘンを販売し薬物の蔓延を嫌うタイ政府が取り締まりに乗り出したこともあった。90年代の末の乾季に元党員らの住む村を訪ねた。酷暑のバンコクに比べ気温が低く、セーターを着用し久しぶりに日本の気候を思い出した。村の周りにはタイならどこでも見られるヤシはなく梅が咲き、柿がなっていた。少し歩くと茶畑は広がり日本の田舎の風景に良く似ていて望郷の念に駆られた。

「コクミンタン」にとっては気候だけが満足のいくものだったに違いない。土でできた粗末な建物が点在し、喫茶店の壁に漢字を見つけた。「味名茶含真」などと書かれている。(写真)お茶を飲んで交流を深めようという意味にとれる文章もある。文字に誘われて入ってみると男性が二人店番をしていた。落ち着いた雰囲気のなかでお茶を楽しめた。タイ語で話しかけると流ちょうなタイ語の返事が返ってきた。

国共戦争終了から長い時間が流れ、店番の二人は静かな生活に満足しているようにも感じた。

 写真:喫茶店「味名茶含真」

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