ミャンマーのテインセイン大統領が2月中旬北東部に事実上の戒厳令を出した。民主化に向けようやく一歩を歩みだしたミャンマー軍事政権が再び逆戻りする懸念もちらつきそうだが、事情は少し違うようだ。ミャンマーの北東部には漢民族の末裔である少数民族コーカン族が住んでいてその歴史は明代末期の17世紀にまでさかのぼることはすでに書いた。(第52回 ミャンマーの住みついた漢民族の末裔)ミャンマー政府軍とコーカン族の武装勢力との間での今回の戦闘はこれまでになく激しく、政府軍武装勢力側双方に多数の死亡者が出たのである。
ミャンマー政府は北東部シャン州コーカン地区に限って国軍最高司令官に行政・司法権をゆだねる軍事行政命令を出した。明の末期にはコーカン族は600人程度だったが、その後中国側から漢民族が流れ込んだこともあって今では15万人にまで増えているという。コーカン族はこれまでも麻薬に絡んでミャンマー政府の攻撃を受けると国境を越えて中国側に逃げ込み、中国がコーカン族を武装解除しミャンマーと交渉し事態を収めてきた。今回はコーカン族の武装勢力は正面から政府軍と銃撃戦を交え、これまでより強気の姿勢を示している。
コーカン族は政府軍にダメージを与えるほど重装備化していて中国国内からの支援も疑われている。この戦闘で数千人のコーカン族が会話の通じる中国側に避難したという。ウイグル族やチベット族が中国政府の圧迫を受けて中国を脱出しているが、コーカン族は反対に中国に避難しているのだ。
漢民族の華僑がミャンマー経済を牛耳っていることもあってミャンマー政府は中国のオーバープレゼンスを脅威に感じ、欧米諸国や日本の投資促進に傾いている。武力を背景に漢民族の支配が進んでいる中国のウイグル族自治区やチベット自治区の様子を目の当たりにしてミャンマーは漢民族の動きに敏感になっている。
ビルマ族はもともと中国雲南省の少数民族がイラワジ川沿いに南下してきたもので、歴史的に常に中国からの圧迫を受けてきた。一方、中国はミャンマー軍事政権時代から資源の開発でミャンマーに膨大な投資をしてきている。国境紛争を抱えるインドに対抗するにはミャンマーによる協力も欠かせない。中国の思惑を十分承知した上で、ミャンマーはコーカン族制圧に向けコーカン族の地域だけに戒厳令を布いたようだ。
中国にとっては喉にささった棘だ。ミャンマーに民主化を求めている欧米諸国の反応が注目されるところだ。
写真1:元価格表示のミャンマー北東部のレストラン
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