インドネシアのモルッカ諸島は香料の産地だ。丁子やニクズクは肉の味を引き立たせ保存にも効果があることから大航海時代香料を巡ってヨーロッパ諸国では激しい争奪戦が繰り広げられていた。
最初にインドネシアに覇を唱えたのはポルトガルで後にオランダがモルッカ諸島の香料を独占した。海峡を巡ると海岸に砦が築かれた島がある。砦は他国からの侵入を防ぐためのものだ。古い大砲と風化した砦に当時の香料の独占が巨万の富をもたらすことを物語っている。
2つの砦が並んでいる島もある。海側の小さな砦はポルトガルが築いたもので、その後ろにある大きく頑丈に作られた砦はオランダが構築したものだ。歴史の流れを砦の位置と大きさからしのぶことが出来る。
インドネシア人の乗組員が数人で操る小さな貨物船に乗り、スマトラ島のスラバヤからバンダ島まで2週間かけてドキュメンタリー番組制作したことがある。歴史とロマンに彩られたとは番組とは裏腹に取材は地味で困難を極めた。
最初は船酔いで嘔吐が止まらない。漁船の中は小さなベッド、台所それにトイレがついている。トイレといっても船尾の一部をくりぬいただけのもので、船が進めばトイレの下は海水がかなりのスピードで後ろに流れていた。巨大な水洗トイレといえなくもない。粗末な囲いと手すりがついているが、真夜中のトイレは緊張する。船から落ちてしまえば熟睡している乗組員も気がつかず命を落とすだろう。眠気をしっかり覚ましてから慎重にトイレに行かなくてはならない。
貨物船が夕日の大海原をひた走る姿を取材することになった。貨物船に積んである小さなモーターボートを海面に下ろし、カメラマンと運転手の3人で撮影を始めた。モーターボートで海面に降りると貨物船で見るより波がかなり高く見える。ボートは猛スピードで走り出した。激しいバンピングで撮影がなかなかはかどらない。「もう少しゆっくり走れないか」と運転手に注文をつけると「ゆっくり走ったらモーターボートはひっくり返る。自分は海育ちで何十キロも泳げるが、水泳に自信があるのか?」という。それを聞いて一転、「スピードを落とすな」と運転手に指示した。
2週間にわたる厳しい取材を終え、貨物船がバンダ港に入った。海水は透明で何十メートルも下の海底がはっきり見えるほどだ。旅で出たゴミを入れたビニール袋を渡し、処理するようにと乗組員に頼んだ。頼まれた乗組員が腑に落ちない顔をしている。再度促すと、首を横に振りながらゴミ袋をさかさまにして中に入っていたゴミを海に捨てた。
写真1:バンダ海峡の夕日
《アジアの今昔・未来 直井謙二》前回
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