“イラン戦争”で原油が高騰、中国経済はデフレ脱出ないままスタグフレーションに
イランの最高指導者ハメネイ師が2月28日、米・イスラエルの共同作戦による空爆で殺害されたことは、1月早々にベネズエラのマドゥーロ大統領が米軍に拉致、連行された事件と合わせて世界に衝撃を与えた。宣戦布告もなしに、一国の軍隊が相手国の首都を襲い、その上政権トップに直接手を下す行動。”斬首作戦“などと言われるが、これまでの戦争の常識からは考えられないことだ。それだけに、敢然と指示したトランプ米大統領の異常さが際立つし、また逆の意味で斬首作戦が計画通りに完遂したことにも驚かされる。イラン攻撃をめぐって中東は戦乱状態に陥ったが、イランと友好関係にあった中国も無関係ではいられない。原油高騰によってデフレ不況下にある経済にさらに打撃を与えたし、イランとの経済的な関係の再構築も迫られている。中国はどう動くのか。
<ハメネイ師の殺害>
2月28日の米国とイスラエル両軍によるイラン攻撃でハメネイ師をピンポイントでとらえたのは、事前の入念な調査があったからだ。両軍につながるエージェントから、この日にアリ・ハメネイ師が革命防衛隊(IRGC)のパクプール司令官、ナシルザデ国防軍需相らの軍関係者と協議するという予定が伝わっていたと思われる。マドゥーロ大統領拉致のケースで見られたように、一般に攻撃は就寝中の夜間というのが常識的であるため、ハメネイ師も昼間は比較的安心してのではないか。だが、同師らがテヘラン中心部の指導部施設に集まったことを察知した米、イスラエル軍は戦闘機を飛ばしてそこを爆撃、米軍も空母から巡航ミサイル「トマホーク」を飛ばして集中攻撃した。
米紙ニューヨーク・タイムズなどによれば、攻撃開始は同日午前9時45分という。テヘラン市内に張り巡らされた交通監視カメラは、実はイスラエル側にハッキングされ、録画情報が横取りできるようセットされていたと言われる。米中央情報局(CIA)とイスラエルの諜報機関モサドはこの装置を使って数カ月前からハメネイ師の動静、特に生活状況を把握していたもようだ。当該施設とハメネイ師の住宅は30回以上のミサイル攻撃で粉々に粉砕されたほか、革命防衛隊の指揮本部やミサイル発射基地数百カ所も併せて爆撃され、機能停止に陥らせた。この結果、同師の妻や娘など家族にも危害が及んだ。
ただ、ハメネイ師の予定は監視カメラだけで把握できない。つまり、当然イランの指導部内、特に軍関係者の中に米・イスラエル側との内通者(エージェント)がいて、逐一情報を伝えていたことが考えられる。そのエージェントとは、革命防衛隊ゴッズ部隊のエスマイル・カーニー司令官と言われている。同氏は2024年9月27日、レバノン南部の武装組織「ヒズボラ」の指導者ナスララ師がベイルート市内でイスラエル軍の空爆で殺害された時も、今回のハメネイ師と軍関係者の会合時でも直前にその場を離れていたことが分かり、怪しまれた。その後のイラン側調査で、カーニー氏は長年イスラエルの諜報機関と関係を持っていたことも明らかにされている。
中国の情報機関がカーニー氏とCIA高官、イスラエル参謀本部との交信記録を傍受し、イラン側に伝えたという。中国がどの程度までイランの諜報活動に関与、貢献しているのかは明らかでないが、常時イラン軍幹部の監視をしていることは間違いない。アラブ首長国連邦(UAE)の新聞「ザ・ナショナル」によれば、これを受けて、イラン当局はカーニー氏を逮捕し、すでに処刑したとの情報もある。ゴッズ部隊は革命防衛隊の中でももっとも最高指導者に忠実な軍隊として知られており、かつてはガーセム・ソレイマニ司令官が米軍のドローン攻撃で爆死させられた時には、国中が「英雄の死」に対し最大限の哀悼を示す模様が見られた。
米軍の攻撃はハメネイ師だけにとどまらない。イスラエル軍の攻撃によって16日夜、イランの最高安全保障委員会(SNSC)のアリ・ラリジャニ事務局長、革命防衛隊傘下の民兵組織「バシジ」のゴラムレザ・ソレイマニ司令官らも殺害されている。ラリジャニ氏は、イスラム体制に忠誠心を持ち、ハメネイ師の信頼が厚かった人物。同時に、現実主義的な外交手腕を兼ね備えており、2015年の核軍縮合意も主導したと言われる。このため、米国はハメネイ師亡き後の交渉パートナーとして期待していたとされるが、イランの政治体制を替えるまで戦闘を継続させたいイスラエルはそれを察知し、事前に葬り去ったようだ。
アリ・ハメネイ師の後任として最高宗教指導者の地位に就いたのは同師の次男のモジタバ・ハメネイ師だが、暗殺を恐れたのか、就任後一度も公の場に姿を見せていない。それでも、イスラエルの情報機関は彼の所在や行動範囲をしっかり把握していたようで、3月初めに攻撃を仕掛け、手足を負傷させたもようだ。クウェートのメディアによれば、モジダバ師はすでにロシアに運ばれ、手術を受けているという。イラン当局は負傷の事実を確認するものの、ロシア移送は明らかにしていない。
モジタバ師は革命防衛隊出身なので、強硬派として知られる。就任後、姿を現さないし、肉声も出さないまま「徹底抗戦」を叫んだ。そのため、米国もイスラエルも、交渉ができる新たなカウンターパートとしては見なしてなかった。西側の情報では、同師は欧米、中東などの金融機関に総額30億米ドルという膨大な隠し資産を持ち、ロンドン市内に豪邸も所持していると言われる。そういう事実が周知されているほか、年齢的にも56歳と若いため、イラン国民に畏敬の念で迎え入れられるのは難しいようだ。ただ、革命防衛隊にとっては自らの意思で動かせる人物であるので、好都合である。
<中国の原油輸入>
中国は世界最大の原油輸入国で、2025年には平均日量1027万バレルを入れている。これは過去最高の量だ。イランから輸入している石油は同年では日量138万バレルとされる。イランは西側先進国の制裁を受けて輸出先が限られてきたため、同国全生産量の8割以上(一説には9割)を中国に引き取ってもらっている。ところが、税関総署がまとめた2025年の国別原油輸入量を見ると、中国の主たる輸入先にイランは入っていない。一番多いのはロシアで17%。次いでサウジアラビアの14%、マレーシア、イラクの11%、ブラジル8%、オマーン、UAE6%の順だ。ちなみに、アジアの産油大国であるインドネシアからの輸入量は明らかにされていない。中南米なども含めた「その他」の27%に入っているようだ。
欧州のデータ分析大手「ケプラー」によれば、中国の海上輸送原油のうちイラン産は13%を占めるという。なぜ国別でイランが出てこないかというと、米国の制裁を受けてイランの原油輸出は表面上抑えられているためだ。中国はイラン産原油を密かにマレーシアやインドネシアに運び、海上で輸送船の移し替えを行ったのち、中国に持ち込むという。そのため、国別輸入量で上位いるマレーシアのほとんどはもともとイラン産である可能性が高い。イラン産原油は精製しやすい上質油があるのに加えて、米国の制裁下という“足元”を見るように標準価格よりバレル当たり10-20ドル安く引き取っており、中国には願ってもない好状況下にある。
その好ましい状況が米国とイランが交戦状態に入ったことで危機に陥った。イランがペルシャ湾口のホルムズ海峡通過船舶への選別的攻撃をほのめかしたからだ。中国はイランに限らず、湾岸国から多く原油を輸入しており、ホルムズ海峡を通るタンカーは日量700万バレルと言われる。原油消費量の73%、天然ガス消費量の40%は輸入に頼っているが、このうち原油輸入量の50%、天然ガスの16%はホルムズ海峡を通る。カタールからの液化天然ガスは中国の全輸入の25-30%を占める。この海峡がチョークポイントとなり、通れなくなれば、中国経済全体に大きな支障となる。
ペルシャ湾の運航状況の悪化を受けて、船舶保険料が上昇した。その結果、タンカーの運航コストが上がった。米ブルムバーグ通信社によれば、中東から中国に原油輸送していた韓国の海運会社「シノコー(Sinokor)」の輸送コストは昨年バレル当たり2・5ドル程度だったが、昨今は20ドルと10倍近くに跳ね上がったという。それでも船が動くならまだいい。香港紙「信報」の報道によれば、中国の大手海運企業「中国遠洋海運集団(COSCO)」は、ペルシャ湾岸のサウジアラビア、カタール、バーレーン、UAE、イラク、クウェートの港湾との運航を停止してしまった。企業にとっては、利益より安全が優先される、背に腹は代えられない。
<原油高騰の影響>
イランの脅しで、原油の国際価格はバレル当たり60ドル台から一気に90ドル台に上がった。近い将来100ドルの大台に乗り、ニューヨーク原油先物市場では120米ドルにもなるのではないかとの悲観的な見通しも出ている。このため、世界的に燃料油は高騰状況になった。中国の国家発展改革委員会の通知内容によれば、3月10日からガソリンがトン当たり695元、ディーゼルが670元値上げされた。地元経済紙によれば、ガソリン、ディーゼル油とも今年すでに3回の値上げがあり、今回の分を含めて年初来の値上げ分の総計はそれぞれ1160元、1120元になったという。この結果、中国各地では、安いうちに給油しようというマイカー族がガソリンスタンドに長蛇の列を作った。
米系華人ニュースによれば、黒竜江省ハルビン市郊外の方正県の農民は、「農作業用のトラクターなどにもディーゼル油が必要となるが、ガソリンスタンドはすでに多くの人がおり、行った当日は整理券を受け取るだけ。翌日その整理券を持っていくと、前日より値段が上がっている。二日間で80元の差があった」と当惑気味に明かす。河南省の農民は「近くのガソリンスタンドは午前、午後とも待機者がいっぱいで、並ぶこともできない。どうするか分からないまま悩んでいる間にも油価は刻々と上がっている」と嘆く。日本と同じように燃料油を輸入に頼っている限り、世界的な取引価格高騰の趨勢から逃れられない。
商品データサービス会社によると、石油関連製品も軒並み値上がりしている。3月9日現在、一週間前と比べて化学原材料が概ね5割上昇した。ベンゼン89%、アクリル酸88%、イソプロピルアルコール63%、塩化メチレン59%、アセトン58%とアップしている。化学繊維衣料メーカーも、3月9日に布地サプライヤーから「生地価格が10-15%値上がりした」との通告を受けたという。このアップ分を販売価格に上乗せするのは難しいので、業者は自らがかぶることになる。現在、中国では全般的に消費が衰えており、売り上げ減少がある中でさらに利益幅の縮小となれば、メーカーも死活問題になってしまう。
<原油高騰への対策>
中国経済はここ1、2年、デフレ不況にあえいでいる。その時に原油高の輸入インフレの波が押し寄せた。景気低迷の中で成長を伴わないインフレが起き、スタグフレーションとなった。中国語で言うところの「雪上加霜(雪の上に霜が降りる)」、すなわち苦難の上に苦難が重なる泣きっ面に蜂の状態。ここから脱するには自助努力では無理である。中東からの原油を安定的に供給してもらうために、ホルムズ海峡の安全通過が絶対条件になる。このため、中国はイラン側に対し、自国船舶が安全に航行できるよう要請するしかないが、実際そうしたと見られる。
イランは攻撃を受けて、ホルムズ海峡での安全航行を保障しないと宣言した。ただ、幸いなことに、3月中旬現在、すべての船舶を危険に陥らせるための海上機雷敷設などはしていないもようだ。革命防衛隊は「米国、イスラエル、その他の敵対国の船舶には攻撃を仕掛ける。友好国には手出ししない」と言っている。イラン側の脅しは空中からのミサイル、ドローン攻撃であり、友好国が「安全手形」さえもらえば、通航は可能なのである。中国はそれで実際に一定のタンカーを無事に航行させている。同じように、インドの船舶も通っている。両国ともイランとともに国際的な新興国協力組織「BRICS」に加盟しているので、その”誼(よしみ)“があるからかも知れない。
ただ、それでも世界的な油価の高騰は中国経済を痛めつける。香港紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(3月8日付)で、北京大学経済学院の蘇剣教授は「1973年のオイルショック時や1970年代末から80年代初めにかけてのイラン革命、イラン・イラク戦争時にも石油の値段が上がり、石油輸入国はスタグフレーションに陥った」と回想するとともに、「今回も油価の上昇で恐らくスタグフレーション状態に入る。(デフレ状態にある)中国もインフレになり、成長率が下がり、失業率は上昇する」と指摘する。現在でも中国の若年労働力(16-24歳)失業率は、国家統計局の公式データで16.1%(今年2月)。実際はもっと高いという説もあるが、スタグ化が進めば、さらに厳しい状況に陥ることになる。
経済への影響を軽減するためには、西側制裁をかいくぐって安価なイラン原油を第3国経由で買い続けることである。イラン最大の積み出し港であるカーグ島は米、イスラエル軍による攻撃を受けるも、石油貯蔵施設は破壊されていない。この島はペルシャ湾の奥深くにあり、イラン本土から25キロ離れており、原油はパイプラインで送られ、ここで貯蔵される。中国などの大型タンカーはここから原油を運んでいる。年間約9.5送バレルという。いわばイラン経済にとっては心臓から血液が流れる大動脈である。トランプ大統領はこの貯蔵施設の破壊も示唆したが、実行に移していない。戦後復興に向けてデメリットを考慮したのであろう。したがって、中国はホルムズ海峡の安全航行を保障されたのだから、買い続けることは可能だ。
<イラン国内外への波及>
ホルムズ海峡についてのイランの脅しに対し、トランプ大統領は「この海峡の安全を確保するため、関係国は軍艦などの艦船を出すべきだ」などと協力要請発言をしている。もちろん、米国、イスラエルが“勝手に”始めた戦争だけに、西側同盟国もおいそれと乗れるわけではない。高市首相の訪米でトランプ氏からたとえ自衛隊の派遣を要請されても、憲法上の制約から同意することはないであろう。となると、日本のタンカーの安全はどう担保するのか。やはり、EUなどの西側先進国と歩調を合わせることが必要となろう。あるいは、日本とイランの長年の友好関係を強調して、中国やインドのように安全航行を認めてもらうしかないのではないか。
イランとはBRICSや上海協力機構(SCO)の仲間であるインドのモディ首相は、今回の中東紛争に関して、米軍非難を抑え、むしろイランが報復という名目でサウジアラビア、カタール、バーレーンなど周辺国にある米軍基地を攻撃していることを批判した。イラン当局には「紛争の早期終結」を求めている。インドは現在、米国やイスラエルとの関係強化の方向に動いているが、それでもイランに安全通航を求め、保障されている。インドはまた、これまた制裁を受けているロシア産原油も買い、精製して第3国に転売している。東西のはざまの中で中立性を保ち、したたかに生き抜いている。日米同盟関係にある日本にはこの真似はできないが、したたかさは学ぶ価値がある。
米・イスラエル両軍の攻撃を受けてイラン国内はどうなっているのか。昨年末から今年初めにかけて起きた大規模な民主化運動は3月中旬時点でまだ再燃していないようだ。ただ、地方の部族単位での動きはある。イラクに近い南部フゼスターン州で活動する「アラブ部族連合」はこのほど(3月10日)X(旧ツイッター)上で、「(海外にいる)旧パーレビ王朝末裔に忠誠を誓い、あらゆる民族、人民の自由平等を尊重する政府を支持する」などと宣言した。そして「フゼスターン州は長年、テヘラン政権によってさまざまな差別を受けてきた。われわれはいまだ反対勢力の結集ができていないが、パーレビ王朝の下で全国的な反テヘラン政権の結集を図りたい」と政権打倒の意向を示している。
また、イラクやイラン北部、トルコと広範囲に居住するクルド族も独自国家設立のためイラン当局に対し攻勢を強める気配も示している。イラクのクルディスタン民主党(PAK)の幹部はこのほど(3月6日)、米、イスラエル側と接触し、支援を受けていることを認めるとともに、「米軍が地上進攻に出れば、クルド族の武装勢力もその戦闘に加わることになる」と、越境攻撃する意向を明らかにした。革命防衛隊は米側の攻撃に対しあくまで強気の姿勢を崩していないが、国内が混乱に陥れば、鎮圧のための武力をそちらに割かねばならず、対外戦闘ではさらに劣勢に立たされよう。イランが空爆で政・軍指導者を次々に失うことも考え併せれば、この国の体制変革の可能性も想定する必要がありそうだ。
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