四つのホットスポットの中でも米中対立が最も深刻なのが台湾であろう。独立志向の強い民進党の蔡英文政権が2016年に登場して以来、中国の習近平政権は台湾当局との対話を拒否している。蔡英文政権が中国の主張する「中国は一つ」という原則を認めないことに対する対抗措置というわけである。このため中国と台湾はここ数年互いに対決姿勢を強めている。際立っているのが強大な軍事力を背景にした以下のような中国によるさまざまなレベルの対台湾威嚇行動である。軍事力の急ピッチの増強を誇示することによって蔡英文総統ら台湾独立勢力を威嚇し、米トランプ政権の台湾介入を牽制しようというのであろう。
●中国の空母「遼寧」率いる艦隊が南シナ海での訓練を終えて、太平洋側から台湾を一周した形で台湾海峡を通過した。母港の山東省青島に戻ると見られる。(2017年1月)
●習近平党中央軍事委員会主席(国家主席)が海南省沖の南シナ海で主力艦四十八隻などを集めた「中国史上最大規模」の観艦式を行った。(2018年4月)
●中国軍は台湾海峡で実弾射撃訓練を実施した。台湾海峡で軍事演習を行うのは2016年以後初めてという。演習は約五平方キロの区域で行われたが、台湾西岸の新竹市から約二百キロの区域である。この演習のため台湾海峡の一部海域は船舶の航行が十六時間禁止された。(同4月)
●中国軍が戦闘機を台湾海峡の中間線を越えて台湾側に侵入させた。(2019年3月)
●多数の軍用機を中国南部から発進させ、台湾、フィリピン間のバシー海峡上空を通過、西太平洋への長距離飛行訓練を行った。この訓練には早期警戒機「空警500」、戦略爆撃機「轟(H)6K」、戦闘機「殲(J)11」、輸送機「運8」などが参加した。(同4月)
●中国海軍は創設七十年を記念する国際観艦式を山東省青島沖の黄海で行った。習近平党中央軍事委員会主席が駆逐艦上から、空母「遼寧」を含む中国海軍の三十二隻を観閲した。海外からは日本の海上自衛隊の護衛艦など十三カ国の艦艇十八隻が参加した。米国は中国海軍の威圧的な活動を批判する意味で艦艇や海軍高官の派遣を見送った。(2019年4月)
新聞報道の中から中国の台湾に対する軍事的圧力、威嚇と思われるものをピックアップしてみた。演習や軍艦の行動はデモンストレーションとして公然と実施するものもあれば、密かに実行するものもあろうから、ここに列挙したもの以外にもかなりあるとみるべきであろう。ただそれでも中国がここ数年こんな形で台湾に陰に陽に軍事的圧力をかけ続けていることはお分かりいただけるであろう。
台湾も軍事的威嚇には軍事的に対応しなければならない。米国に武器売却で一層の協力を求めたが、米国としても台湾海峡に米国艦艇を派遣するなど警戒を強めている。蔡英文総統は来年(2020年)1月の総統選挙の民進党候補に最近決まり、二期目を目指すことになったが、習近平政権が蔡総統再選をどんな方法で妨害するのか台湾では警戒心を強めている。1996年3月台湾初の総統直接選挙の際に中国軍が台湾近海でミサイル演習を実施したため、米国が急遽空母二隻を台湾海峡に派遣しなければならなかった前例を台湾の人たちは忘れてはいない。台湾における米国の窓口機関米国在台湾協会(大使館)が最近「2005年以降、海兵隊員を含む限られた数の現役軍人が台北に派遣され、台湾協会の警備に当っている」事実を突然公開して関係者を驚かせたが、これも中国の台湾威嚇行動エスカレートへの反感を示すのが目的だったと見られている。これに対して中国側が直ちに「断固反対」を表明したことは言うまでもない。
スプラトリー諸島は南沙諸島とも呼ばれる。南シナ海南部に位置し、岩礁,砂州など海洋で自然に形成された地形の集合体で環礁を形成している。中国のほか台湾、ベトナム、フィリピン,マレーシア、ブルネイなどが全域や部分的に領有権を主張している。ところが中国がスプラトリー諸島全域の領有権を主張し、岩礁を埋め立てて滑走路や格納庫、港湾などの軍事施設を建設し、対艦,対空ミサイルを配備するなど軍事拠点化を進めている。中国が軍事基地化した人口島はジョンソン南礁、クアテロン礁、ガベン礁、ヒューズ礁、ファイアリークロス礁、ミスチーフ礁、スビ礁の七か所らしい。
またパラセル諸島は西沙諸島とも呼ばれ、スプラトリー諸島より西、中国、ベトナム寄りに位置する。五十近いサンゴ礁の島と岩礁からなっており、全域を中国が実効支配している。ベトナムと台湾が領有権を主張している。ここでも軍事基地化が進んでいることはいうまでもない。
「航空機の収容施設やレーダー施設、滑走路などを含む七つの新基地を造った。」(2018年2月)、「ファイアリークロス、ミスチーフ礁に軍事用の電波妨害装置が設置された。衛星写真で確認された。過去九十日間に設置されたという。」(同4月)、「スービ礁の衛星写真によると滑走路に中国の軍用機Y8が写っており、中国軍機が同礁に配備されたことが初めて確認された。Y8は輸送機のほか早期警戒機としても使用される。中国は4月以降、スービ礁のほかファイアリークロス、ミスチーフの二礁にも対艦巡航ミサイルと地対空ミサイルを配備したことが明らかになっている。」(同5月)、「パラセル諸島で最も規模の大きいウッディ島では、2013年からの工事で既存の滑走路を延長し、昨年5月に主力戦略爆撃機『H(轟)6K』を南シナ海で初めて離着陸させた。戦闘機の使用も常態化している。」(2019年6月)このような断片的で、ぶっきらぼうな情報が安全保障や防衛に携わる人たちにとっては、筆者が想像する以上に重要かつ必要なのであろう。
これに対して米国は、中国が軍事拠点化を急ぐ南シナ海の岩礁周辺に海軍艦艇を送って中国を牽制する「航行の自由」作戦を中心に米国のプレゼンスを誇示する動きを強めている。米空母「カール・ビンソン」のベトナム・ダナン寄航(2018年3月)、B52戦略爆撃機二機のスプラトリー諸島周辺上空飛行(同6月)、空母「ロナルド・レーガン」と「ジョン・C・ステニス」を主体とする二つの空母打撃群のフィリピン海域における演習(同11月)などをここでは指摘しておく。何しろ米国の圧倒的軍事力こそ中国に対する最大の抑止力なのである。
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》前回
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