今回も、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」による小惑星「りゅうぐう」の岩石試料採取などの観測・探査チームを率いた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の津田雄一プロジェクトマネージャー(准教授)の講演のさわりを紹介していきたい。
太陽系は恒星である太陽を中心に水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星という惑星で構成されているが、こうした惑星間の宇宙空間には大小さまざまの無数といっていい数の小惑星がそれぞれ独自の周回軌道を持ちながら大きな惑星の近くを回っている。名前も付いていない小惑星の多さを強調するために「無数の数」と書いたが、津田氏によれば、これまでに発見され、確認されている小惑星は太陽系に約79万個あるといい、まだ発見されていないものを含めれば、恐らく100万個以上あるそうだ。そのうちの一つが、地球と火星の間の宇宙空間にある小惑星「りゅうぐう」で、日本の宇宙探査チームが「はやぶさ2」による探査の対象に選んだ理由は、「りゅうぐう」が有機物である炭素(カーボン)と水でできた惑星と推測できる「C型小惑星」(C型のCは英語のカーボンの頭文字)だったためだ。「はやぶさ2」の前身である「はやぶさ1」が2000年代に探査した小惑星「イトカワ」は「S1型」といわれる岩石型で、「りゅうぐう」とは地質の組成が異なる。
やや専門的な話となったが、重要なポイントは、有機物である炭素などでできている小惑星「りゅうぐう」の地下の岩石は太陽風などによる変質が少なく、 46億年前に太陽系が誕生した頃の特徴をとどめているため、岩石試料を回収すれば、太陽系の形成過程の一端が分かる可能性があるというわけだ。地球にはさまざまに進化して生息する無数の生物(人類もその一種)の体のパーツでもある炭素以外の有機物が見つかることも期待されている。2020年末に地球に帰還する「はやぶさ2」が持ち帰る岩石試料のサンプルは、無事に回収した後にJAXAの研究所で初期的な確認作業を行った上で、世界各国の研究機関などに専門的な分析・研究を行うよう働き掛けていくことになるという。
さて、宇宙開発と言えば、世界で初めて宇宙ロケットを打ち上げた旧ソ連(ロシア)や月面着陸をはじめ数々のアポロ計画で知られる米国、近年は宇宙開発に力を入れる中国など、大きな成果を上げている先行国が幾つもあるが、この分野では1980年代半ばにようやく、国産探査機「さきがけ」を使ってハレー彗星を探査したことによって宇宙開発に名乗りを挙げた日本は後発グループに属する。宇宙開発にかける予算なども米国に比べれば桁違いに少ない日本の研究開発陣が目指した道は、米国などの宇宙大国が手掛けていない分野で世界初あるいは世界で一目置かれるプロジェクトを練り上げ、それを実現しようという野心的な取り組みだった。そのような観点から足掛け7年に及ぶ「はやぶさ2」の小惑星「りゅうぐう」探査プロジェクトは、太陽系が誕生したころの特徴をとどめていそうな「C型小惑星」への着陸と往復飛行や探査ロボットを使った岩石試料の採取、そのサンプルの持ち帰りという任務を見事にやり遂げた(2020年末の地球帰還とサンプルの入ったカプセルをオーストラリア南部の砂漠に落下させる任務がまだ残されている)ことは日本の研究・開発技術陣の大きな成果だったと言える。
東京大で工学博士号を得てJAXA入りした津田氏は宇宙開発分野のエンジニアというのが本職だが、現時点での「はやぶさ2」の任務達成を振り返って、「宇宙開発ではフライ・バイという天体への接近・通過による観測・探査から、エンジンを埋蔵させる必要がある天体の周回による探査、天体への着陸、天体で採取した試料を地球に持ち帰るサンプル・リターンという4つの段階がありますが、日本の開発チームは今回の実験・探査で第1段階から一挙に難しい第4段階を無事に成功させようとしているわけで、安い予算で大きなリスクを取るという(捨て身の)戦略がうまくいったことに安堵しています」と謙虚に語った。
宇宙開発分野では現在、新たな月面探査や火星への有人飛行計画などさまざまな取り組みが進んでいるが、高度な技術水準が求められるこの分野では、他国の宇宙開発技術の成果もたちどころにして専門家の間では世界初、世界的な最先端技術の有無に関する評価が分かるといい、「はやぶさ2」の任務はその意味でも世界初、世界最先端の技術であることが広く行きわたっている。地球と違って、宇宙探査の世界では天体に最初に着陸したからといって、その国の領土・領空ということにはならないが、天体を新たに発見した場合には発見者に星の命名権が与えられるように、小惑星「りゅうぐう」に探査機を着陸させた日本の開発チームにも、着陸地点や人工クレーターなどの幾つかの場所の命名権が授与され、早
速、名前を付けたという。
地球から3億キロの彼方にある小惑星の「りゅうぐう」は日本の昔話「浦島太郎」に出てくる乙姫さまがいた海の中の「竜宮」であり、「はやぶさ2」の着陸地点は「玉手箱」「打ち出の小槌」、そして金属弾を撃ち込んでつくった人工クレーターには「おむすびころりん」と付けた。日本人の誰もが幼いころに読んだ「日本昔話」の世界と最先端の宇宙開発のロマンが見事に融合したエピソードではないか。筆者よりはかなり若い科学者の津田氏の講演で、「おむすびころりん」の話を聞くとは思いもよらず、都心の名門倶楽部に集まった会場の高齢男性ばかりの参加者からは大きな笑い声が起きた。
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