経済的に発展した中国から富裕層が観光旅行で大挙して来日し、東京・銀座など日本各地で大量の買い物をする「爆買い」がメディアでしばしば紹介されるが、そうした光景を見て既視感を持つ人も少なくないのではないか。筆者の学生時代は、日本人にとっても海外旅行がそれほど難しくなくなってはいたが、とはいえ、外国に行く人はまだ限られていた。爆発的に増えたのは、近年の中国の場合と同様、日本経済が発展して所得も増え、旅行などのレジャーに資金を振り向ける生活の余裕が出てきた1980年代以降のことだ。
筆者は昭和の時代が終末に向かいつつあった1980年代後半、欧州に駐在し、フランスのパリに出張に行く機会がしばしばあったが、パリの繁華街にあるさまざまなブランド品を売る店はどこでも、ひと目で日本人と分かる女性観光客が集まっていたのをよく覚えている。買い物に関心のない者にとっては、他人事でその光景を遠くから眺めていたが、ブランド物の品数が豊富で、なおかつ関税がかからないとあれば、割安感も出て、ついつい買い過ぎてしまう気持ちは分からないでもない。銀座の老舗デパートに特設された化粧品コーナーが中国人女性に席巻されている様子は、パリで目にした構図とそっくりである。
「爆買い」で思い出したのは、そのようなショッピングとは無縁の生活を送り、学問に励んでいる中国人留学生と今年もまた、巡り合ったからである。毎年、会社の夏休みを使って関西の大学院で1週間の集中講義を担当しているが、10人ほどの受講生の中に、3人の中国からの留学生がいた。今年は偶然、3人とも女子学生だったが、連日の猛暑にもかかわらず、無遅刻・無欠席で講義・演習に参加してくれた。
四川省出身のKさんは地元の京劇(川劇)の俳優で、芸術が仕事の公務員という社会人。遼寧省大連出身のYさんは日本の博物館・美術館の管理・運営をテーマにした修士論文に取り組んでおり、黒竜江省出身のRさんはそれぞれの地域の特色ある文化財保護と町づくりを専門にしている。みな大学院からの留学組で、3人とも論文を書き上げた後は、再び中国に戻り、日本で学んだことを生かせる仕事に就きたいと話していた。
京劇俳優のKさんがなぜ、日本の大学院で学んでいるかというと、日本の歌舞伎にも似た中国伝統演劇の京劇の歴史を調べるためには、祖国の中国よりも日本の方が論文作成に必要な資料が多くあるというのが理由だった。中国全土に大きな破壊と混乱をもたらしたかつての文化大革命中に貴重な資料が無残に破棄されたり、散逸したりしたため、京劇の歴史を正確に理解するには、研究レベルの高い日本への留学が欠かせなかったという。Kさんは、日本で修士あるいは博士の学位を取った上で、再び京劇俳優に戻るか、後進にその歴史を伝える教職に就くか将来の進路に思いを巡らせていた。
現在の日中関係は政治的問題もあって、必ずしも良好ではないが、大量の中国人観光客の来日、あるいは日本各地の大学や大学院で学ぶ多くの中国人学生の留学は、長い目で見れば必ずや両国の関係改善の追い風になるはずだ。