小学校、中学校、高校と同じ学校に通った同窓というのはもちろん何人もいるが、そのうちの一人のT君は小学生時代から秀才で知られ、当然のごとく後に東大生となった。秀才の「秀」が名前の一字にある通り、ご両親の期待にたがわず、成績優秀の学生時代を送り、東大経済学部卒業後は最大手の製鉄会社に入社した。
T君は秀才とはいえ、勉強一筋のガリ勉タイプとは少し違う。小学生時代はお兄さんとよく、自然豊かな遠方までサイクリングに行っていたし、中学、高校では練習が厳しいバレーボール部に所属。東大では神奈川県の油壺に拠点がある大学ヨット部で活躍した。文武両道に秀でた学友だ。
そのT君とは社会人となってからも折に触れて会う機会があったが、同君は最初に入社した製鉄会社を中途退社し、商社、自動車メーカーと転職を重ね、60歳の定年と同時にきっぱりとサラリーマン生活に別れを告げた。彼の商社マン時代には、全く偶然に欧州のウィーンの一室で再会し、互いに驚いたものである。
前置きが長くなったが、びっくりするT君の生き方を知ったのは定年後の行動だった。親しい高校時代の友人仲間の間では、若者の間で今はやりのフェイスブックやラインなどとは違った同報メールがあり、T君が韓国やベトナムでの旅先から長いメールを送ってきては仰天するような珍道中のあれこれを知ることになった。
気まぐれなメールでの旅日記なので、旅の目的や旅程などはよく分からないが、費用をできるだけかけない貧乏旅行に徹し、訪問の先々で知り合った地元の人や旅の道連れとなった外国人、日本の若者らとの交流が事細かく書かれてある。出張時の経費が使い放題だったはずのエリートサラリーマンが「よくぞここまで落ちることができるものだな」などと妙に感心した。筆者にはちょっと真似できない。
T君が久しぶりに次のスペイン巡礼の旅の準備のため一時帰国中に、高校時代の友人数人と新宿の居酒屋で会おうという誘いがあり、是非とも聞きたいことがあったので、ほぼ十数年ぶりの再会を果たした。
互いに小学生時代から知っている間柄なので、T君が60代になって世界各地での貧乏旅行を始めた理由は薄々理解していたつもりだったが、直接会って話を交わしてみて初めて知る理由が幾つかあったのはやはり興味深かった。
酒席での会話だったので筆者の勝手な理解かもしれないが、旅行中に危険に遭遇するリスクをわきまえた上で、貧乏旅行ならではの人間同士の裸の付き合いが体験できること、さらにシェークスピア作品の「ロミオとジュリエット」ではないが、あのジュリエットのようなすごい美女と会える虜になったことが分かった。T君が酒席の場に持ってきたノートパソコンには「自称ロミオ」と「ジュリエット」のツーショット写真があまりに多くて、周囲から「単なるすけべオヤジじゃないか」と遠慮ないブーイングが相次いだ。
でも、定年後にT君のように抜群の行動力を発揮して、興味のある世界各地を放浪するのはすばらしい。以前勤務した会社では危機管理を担当する部署の責任者を務めたこともあったという。定年後にリスクを実体験しようと、自腹で変転極まりない世界を旅するエネルギーはやはりただ者ではないが、旅の安全だけは常に最優先にしてほしい。