やや旧聞の紹介で恐縮だが、昨年末の霞山会の午餐会の講演を聞くのはちょっとした楽しみだった。M新聞社で、居酒屋やバーでのマスター、客との出会いと別れなどを点描するコラム「酒に唄えば」を書いているS編集委員が講師だったからだ。講演の演題は「2012年、北朝鮮は強盛大国の大門を開けるか?」であり、この硬いテーマからもお分かりの通り、S編集委員は全く別分野の朝鮮半島ウオッチャーの仕事もこなす敏腕記者なのである。
午餐会の司会者A氏の紹介で、S記者の経歴を初めて知ったが、大阪外国語大学の朝鮮語学科を卒業しており、M新聞社で朝鮮半島情勢を追う記者となったのも、なるべくしてなったようである。いつも驚かされる北朝鮮情勢の節目の折には、朝刊ではなく、主に夕刊を舞台に健筆を振るっている。また、著作をものしたり、他社の媒体にも寄稿したりと、朝鮮半島に関心を持つ人の間ではよく知られているジャーナリストだ。
筆者が所属する会社の有料電子媒体にも、「インテリジェンス NOW」のタイトルで北朝鮮情勢をテーマにした連載コラムを担当しており、大学の研究者ではなく、ジャーナリスティックな手法で「謎に包まれた隣国」の実像に迫っている。記者の文章だけに、分かりやすい筆致で思わず引き込まれる。
冒頭に紹介した霞山会での講演でも、冒頭で「きょうはオヤッと思っていることを並べるので、皆さんが参考になると思われるところは参考にしてください」と断った上で、外からはよく分からない北朝鮮の内部事情や思考方法、論理などを具体例を挙げながら、驚きの分析を次々に披露していった。
講演を聞いて、北朝鮮についての理解は深まったが、筆者が個人的に知りたかったのは、S記者が専門とする朝鮮半島情勢ウオッチと、夕刊で連載している酒飲み記者の取材がどこでどうリンクしているかということだった。その落差が非常に大きいと感じたからでもある。講演後の質疑応答でそのことを率直に聞くと、「(取材相手と)酒を一緒に飲んで油断させ、いい情報を取るのですよ。在日の人(在日朝鮮人)から情報を取るためには、酒、それに歌(唄)が大事ですね。同業の方なら分かるでしょう」という答えが返ってきた。相手の懐に飛び込まなければいい情報は取れないというのは正論であり、S記者にとって、その強力な武器が「酒と歌」ということなのだろう。「酒に唄えば」の取材費、つまり飲み代は会社が払ってくれるのかどうか、肝心なことを聞くのを忘れてしまった。