2年ほど前、パキスタンで最大の州であるパンジャブ各地を駆け足で回った。第2次大戦後、域内の盟主格のインドと分かれて独立したパキスタンはご存知のように、穏健なイスラム国家を標榜しているが、人々の間ではイスラムの信仰心が強いことを肌で感じた。隣国アフガニスタンでの騒乱の影響を受け、政情不安やテロ事件絡みで報道されることが多いパキスタンだが、ユネスコの世界遺産に登録されたインダス文明や仏教の遺跡・遺構が各地に点在し、自然や民族、食文化に富む同国は外国人観光客にとっても魅力のある国の1つであることは間違いない。「治安が安定していれば」という条件をつけなければならないのが何とも残念だ。
「パンジャブ」は「5つの川」という意味で、大河・インダスに注ぐサトラジ川など5河川の流域を指す。紀元前の時代から東西の交通の要衝にあり、ラホールやムルタンなど州内の都市は歴代の王国の中心として繁栄と衰亡を重ねてきた。
この時の取材旅行では、パンジャブの州都でこの国の歴史・文化の中心地でもあるラホールをはじめ、首都で政治都市のイスラマバード、インドとの国境の町ワガー、日本の仏教美術の源流として重要なガンダーラ遺跡群がある北方のタキシラなどを訪れた。ガイド役は、州政府観光開発公社のサイード、ファヤズの両氏だ。若いサイード氏は大学講師の肩書を持つインテリタイプ。日本への初めての旅行でたちまち親日家になった中年男性のファヤズさんは動植物といった自然に関心が強い人物であることが旅行を共にするうちに分かってきた。
「宇宙やわたしたち人間はどのように誕生したと思いますか?」―。車で移動中、英語に堪能なファヤズさんが突然、筆者にこう聞いてきた。不意をつかれたが、浅薄な科学的知識を基に、「宇宙は遠い昔の大爆発によって膨張を始め、初期の人類は600万年ほど前にアフリカで誕生したというのが常識になっている」と答えた。
初対面ながらも知り合って以降の会話を通じ、大変な物知りだと思っていたファヤズさんはこれに異議を唱え、「唯一絶対の神であるアラーが万物を創造した」と言って譲らない。インテリのサイードさんもファヤズさんに加勢し、西側世界では常識と思われる筆者の見解に反論する。これは大きな驚きだった。結局、車中の議論は平行線をたどった。
2人のパキスタン人とも穏健な考えの持ち主のイスラム教徒で、この国では、国際的な政治情勢も複雑に絡んでイスラムの教えをより原理主義的に考える急進的な活動家や信者の勢いが増している。そうした原理主義者との考えの溝はもっと深いに違いない。
書物の知識でイスラムの教えなどは分かっていたつもりだが、面と向かってきちんと話しても、相手に納得してもらえないことがもどかしかった。「人間の情感」は人類共通だと思うが、この時の真剣な議論を通じ、異教徒との対話はやはり難しいと実感した。