新型コロナウイルスが米中対立の火に油を注ぐ(下) 戸張東夫

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<ウイルス研究所感染源説はでっちあげ?>

中国科学院武漢ウイルス研究所が新型コロナウイルスの感染源であるかどうかをどうすれば確認することができるのか。そんなことを真剣に考え始めたところにウイルス研究所感染源説はフェイクニュースだというとんでもない論評が現れた。『ニューズウィ-ク日本版』(2020年12号)掲載の「『中国ウイルス』情報操作の一部始終」である。筆者は同誌コラムニストで、元CIA工作員のグレン・カール氏。ウイルス研究所感染源説は自分たちの政治的不手際の責任をすべて中国になすりつけようとしてトランプ大統領と米共和党の政治家、右派メディアがでっちあげたフェイクニュースに他ならないと同論評は次のように痛烈に批判している。

「新型コロナウイルスが中国・武漢の研究施設から流出したというのは明らかに、トランプ支持派による情報操作だ。私はこれまでのキャリアを通じて、この種の工作をいくつも見てきた。」「米情報機関も、中国の科学研究や生物兵器開発と新型コロナウイルスを結び付ける証拠はないと結論付けている。そもそも、情報機関が調査したのは、中国に疑念を抱いたからではない。ホワイトハウスから命令されたからだ。」
こんな具合である。

中国科学院武漢ウイルス研究所が新型コロナウイルスの感染源だという説は、トランプ大統領や、米国務長官のポンペオさんが記者会見の席などで繰り返し語っている。それにこの問題は米中二か国の問題ではなく、新型コロナウイルス対策に欠かせない情報として世界中の国々が注目している。そんな重要な問題をでっち上げるなどということを米国がするだろうか。いくら非常識で唯我独尊のトランプ大統領でもそこまではやらないだろう。感染源がこのウイルス研究所だとする根拠や、新型コロナウイルスがこの研究所からどのように流出したのかなど具体的なことがこれまで全く語られていないのがいささか気になるところだが、はっきりした証拠が得られたら公表するに違いない。

<米国の対中圧力は強まるばかり>

もう一つ気になるのは新型コロナウイルスを巡って米国が中国に対してこれ以外にも少なからぬ不満を抱いていることだ。一部には感染拡大による損失賠償請求や経済制裁を求める声もあるし、米議会では与党共和党議員が「中国制裁法案」を提出したと報じられている。これは中国がウイルスの発生源や感染拡大に関する調査に協力しない場合トランプ大統領に資産凍結などの経済制裁を科すよう求めるものだという。世界保健機関(WHO)は中国寄りという批判もそのうちのひとつである。

また米公務員の退職年金運用機関が中国企業への投資計画を中止すると発表すれば(2020年5月13日)、米議会上院が、中国企業の米国市場における上場を制限する狙いで米国で上場する外国企業に対する監視を強化する法案を全会一致で可決する(2020年5月20日)など米国の対中圧力が強まっている状況で、中国は危機感を強めているに違いない。そのうえ11月の米国大統領選挙をにらんでトランプ大統領がロイター通信のインタビューで「中国は私を大統領選で敗北させるためにできることは何でもやる」とあえて中国を挑発するような言わずもがなの発言をしたりしている。新型コロナウイルスの感染拡大にともない米国の選挙民の対中国感情が悪化していることから大統領選挙も中国に対して強い姿勢を示したほうが有利というのが現実なのである。このような流れを背景に、米国の対中圧力は強まるばかりなのである。

<中国が米国のウソ暴く?>

これに対して中国も黙ってはいない。最近国営通信新華社を通じて発表した「美国關于新冠肺炎疫情的涉華谎言与事实真相(米国による新型コロナウイルスと中国に関するウソを事実と真実で告発する)」と題する長大な論評が中国の米国に負けない強い姿勢を物語っている。発表されたのは2020年5月9日で米当局者の発言や米国のメディアの中国に批判的な報道を24個のウソにまとめ、それに反論するという形で中国側の考え方や中国の観点などを述べるという箇条書きスタイルの論評である。

新型コロナウイルス問題で中国に投げかけられた批判,非難,疑問のすべてにこたえようという意気込みが感じられる。

「最近米国の一部の政治屋やメディアは、米国の新型コロナウイルス感染防止がうまくいかないのを中国のせいにしようとして、とんでもないウソをでっち上げている。……ウソは真実で暴かれる。我々は事実によって答えよう」というプロローグで始まるこのウソと本当のリストのいくつかを紹介しておこう。その前に一つお断り。何がウソで何が本当かは筆者の知るところではない。

「ウソ8 中国は当初新型コロナウイルスの感染状況を隠蔽したことから各国に事態を知らせるのが遅くなり、このため感染拡大を招いてしまった。真相 新型コロナウイルスという未知の病原菌に人類が突然襲われたことから、事態を認識し、把握するのにそれなりの時間が必要であった。中国は公開、透明性の精神に基づき責任ある態度で一番初めに各国に通告したのである。」

「ウソ16 中国は世界保健機関(WHO)をコントロールしており、金銭を用いてWHOを操っている。真相 中国は多国間関係を断固支持しており、長年中国はWHOと良好かつ協力的な関係を維持している。中国はいまだかってWHOを操ったことはない。WHOへの最大の資金拠出国である米国は、その資金提供を一時停止したため国際社会の一致した反対にあった。」

「ウソ22 中国はアメリカの大統領選挙に干渉し、あらゆる手段を用いてトランプ大統領の再選を阻止しようとしている。 真相 中国は一貫して内政不干渉の原則を堅持している。だが米国の一部の政治屋は選挙戦略として中国を攻撃している。」
論評は米国を徹底的に批判するという意図で発表されたに違いないが巧まぬユーモアが感じられるのは意外であった。

<はた迷惑な米中対立>

新型コロナウイルスを巡る米中対立はこんなぐあいにエスカレートしている。だが米中両超大国が貿易摩擦や南シナ海、香港などを巡って対立すると株価は下がるし、貿易は滞り国際社会にとってはた迷惑もはなはだしい。対立やいさかいがなくなることはあるまいが、両国とも超大国としての立場や責任を考えながら問題解決に当たってほしいものである。



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