第394回 心に響いた「バンブリン」の音色  直井謙二

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第394回 心に響いた「バンブリン」の音色

いつまでも耳に残る音色がある。そのひとつが15年ほど前、タイの海のリゾート地パタヤのホテルで聴いた「バンブリン」の澄んだ響きだ。

バンブリンの生みの親は海岸に近いワットラートミヤム小学校のチュウキット先生だ。先生は音楽の教師で小学生に楽器の演奏の素晴らしさを伝えたいと長年思っていたけれど、学校に予算がなく高価な楽器をそろえることができなかった。そこで先生が思いついたのが竹でできたバイオリンだ。バンブー(竹)とバイオリンを合わせた造語「バンブリン」も先生の命名だ。

学校に取材に行くと音楽の時間なのに工作室でノコギリやハンマーの音がする。十数人の生徒が太い竹を切ったり、弦を張ったりしている。「バンブリン」の材料費は日本円で1,000円程度だから生徒全員に専用の「バンブリン」を配布できる。

音楽室で小学生の演奏を聴かせてもらった。(写真)曲は「ジャンバラヤ」。バイオリンなど本物の楽器に交じって数台の「バンブリン」が曲を奏でている。テンポは遅いが立派な演奏だった。

「バンブリン」について生徒は「不格好なのでいやだったが、演奏するうちに好きになった」と話す。チュウキット先生は「本物のバイオリンと音色で争うつもりはない」と語る。

自分の小学生のころを思い出した。戦後間もない日本も貧しく筆者が通った小学校にも楽器はほとんどなかった。唯一、先生だけが触れることができる古びたオルガンがあるだけだった。教科書の最後のページにピアノの鍵盤が印刷されていて弾き方を教えられたが、無論音は出ない。音楽の授業は歌ばかり、先生が厳しいこともあってあまりいい印象は残っていない。ひとつの外国語が話せ、ひとつの楽器が弾けると人生は豊かになると言われる。音楽的センスの問題もあるが、楽器には縁のない人生だった。チュウキット先生の指導を受けていたら違っていたのではと残念に感じた。

先生は「バンブリン」の製作費を捻出するため、夜は近くのリゾートホテルのレストランでバイオリンを弾いている。ホテルと先生にお願いしてレストランで「バンブリン」を弾いてもらった。曲は筆者のリクエストで日本の「五木の子守唄」。「バンブリン」の弱点を補う先生のテクニックは素晴らしく、演奏は15年経っても耳に残っている。暑かった一日が終わり、夜のとばりがおりたレストランで食事をする客もうっとりと耳を傾けていた。先生が演奏している場所から離れた席の客は楽器がバイオリンではないということに気が付いていない様子だった。

写真:音楽室で小学生のバンブリン演奏。曲は「ジャンバラヤ」

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