第286回 ポルポト派幹部に終身刑を言い渡した特別法廷(その2) 直井謙二

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第286回 ポルポト派幹部に終身刑を言い渡した特別法廷(その2)

1993年、国連主導の総選挙の後、徐々に政権基盤を固めたフン・セン政権は98年の総選挙でも圧勝した。それでもポルポト派の拠点は残っていた。

イエン・サリ元副首相が支配するカンボジア南西部のパイリンとカンボジア第2の都市バタンバンの間には内戦で布設された地雷原が広がっていた。カンボジア南西部にはルビーの鉱脈がタイ国境に向かって伸び、それがイエン・サリ陣営の資金源になり、また相当量の武器も保有しているとみられ、政府軍も攻めあぐんでいた。
選挙取材の合間を縫ってイエン・サリ元首相にインタビューを申込み、パイリンを目指した。

内戦で荒れ果てた国道5号線をひたすら走りバタンバンに到着した。国連や各国の支援で幹線道路だけは地雷が撤去されているという情報を信じてパイリンに向け出発した。ニッパヤシを葺いた粗末な店が点在し、早くも市民生活が安定していることをうかがわせたが、破壊され錆付いた戦車など内戦の残骸が転がっていた。(写真)まだ地雷の撤去が終わっていないことを示す「どくろ」のマークのついた赤い札が点在し、その中で子供が遊んでいた。帰国しても農地を持たない難民が地雷原であることを知りながら耕し、農地の所有権を主張するためだという。道すがらタイ人の経営する会社がルビーを採掘している現場を横目にパイリンに到着した。約束のホテルで待っているとイエン・サリら数人が4駆のジープに乗って現れた。初めて見るイエン・サリからは原始共産主義を目指した闘志の面影はなく、タイの田舎町でよく見かける町の実力者のような風貌だった。

現れた数人のなかにはチャイ・ユランら幹部も含まれていたことから、ヌオン・チア被告もグループのなかにいた可能性がある。しかし、ヌオン・チア被告の若いころの写真を見たことがあるだけで、すべての質問にはイエン・サリ元副首相が答えたため、ヌオン・チア被告の確かな記憶がないのは残念だ。

ポルポトやイエン・サリなどはすでに死去し、キュー・サンファンとヌオン・チィアに終身刑が言い渡された。ポルポト政権幹部の残影が消えてゆく。


写真1:民家の脇に残る戦車の残骸

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