第220回 コメの国から滑り落ちたタイ 直井謙二

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第220回 コメの国から滑り落ちたタイ

豊穣の国タイといえばコメと微笑みだが、ここに来てコメの国というタイトルが消え去ろうとしている。コメの輸出国世界一でコメの国際価格を決めていたタイがインドやベトナムに抜かれ世界第3位の輸出国に転落した。理由はいくつかある。一昨年、タイの中央部を南北に貫くメナム川が氾濫し、洪水は中部タイの米どころアユタヤも襲った。コメの被害よりも日本企業の工場が被害を受けたことが大きなニュースになった。

外国企業の進出で耕作面積が減っている。耕作面積の減少は中部タイでのエビの養殖にも大きく影響している。コメよりも高値で売れるブラック・タイガーなどのエビの養殖に切り替える農家が増えている。ブラック・タイガーは海のエビであるため、定期的に養殖所に海水を運び込み注水する作業がおこなわれる。このため周辺の田んぼは塩害に襲われている。

近代化に加え政治の面での影響も見逃せない。北部農村部や東北部に支持者を持つインラック首相はコメを担保に農家に金を貸し付ける制度を利用し、事実上政府がコメを高値で買い上げている。このためタイのコメは国際競争力を失い、アメリカの格付け会社がタイ政府の抱える赤字額は8,500億円にも達し信用格付けに影響するのではとの懸念を示した。しかしインラック政権は大票田を失えば、都心部のインテリ層の支持者が多い野党に政権を奪われることからコメの買い上げを止めるわけにはいかない。

コメの輸出の減少を目の当たりにする場所がある。かつて東南アジアを始め海外にコメを輸出する拠点だったメナム川河口の倉庫にはまるで砂利のようにコメがうず高く積み上げられ、労働者がスコップでコメを麻袋に詰める光景が見られた。しかしそのような光景が見られたメナム川河口の倉庫は徐々に消え、マンションや大型ショッピングモールに様変わりした。

最近のバーツ高も要因の一つだ。日中関係の悪化で、中国人観光客が減った代わりにタイやマレーシアなど東南アジアの観光客が増えているが、特に円安、タイの通貨バーツ高でタイ人の観光客が増えた。日本政府も観光産業振興を目的に東南アジアのビサ発給規制を緩める政策を取り始めだした。その反面、バーツ高は輸出には影を落としている。コメの輸出も例外ではなく不振に拍車をかける。

タイの最初の王国、スコーターの名君のラームカムヘン大王は豊穣の国タイを「ミー・ナム・プラ、ミー・ナー・カオ」(水に魚あり、田にコメあり)とたたえた。

衰退していくタイの稲作が再び見直される時が来るのだろうか。


写真1:タイの浮稲の収穫

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