日本への外国人観光客は、円安の継続もあって昨年来絶好調を維持している。2024年の訪日外客数は3687万人とコロナ禍前を上回り過去最高を記録。今年も上半期累計で2151万人と過去最速で2000万人を突破し好調だ。
卸売市場における競り風景 (提供:東京都中央卸売市場豊洲市場)
京都などインバウンドの受け入れ能力を上回る観光地ではオーバーツーリズムの弊害も指摘されている。しかし外国人観光客はこれまで、渋谷のスクランブル交差点や「スラムダンク」など漫画・アニメの聖地といった一般日本人の発想を超えた観点から日本の新たな観光名所として発掘・クローズアップしてきた。
その一つが本来は生鮮魚類取引の“プロの仕事場”である東京の中央魚市場だ。中でも「マグロの競り」という競り人の大声が飛び交い活気あふれる、東京でも数少ないこの見学スポットには、まだ公共交通機関が動き出してもいない午前5時前から多数の観光客が列を作り、競り場をより近くで見ることができる階下の見学抽選には約1ヶ月前に海外からの申し込みが殺到している。
現在魚市場がある豊洲(以下トヨス、江東区)と築地場外市場(同ツキジ、中央区)の区別さえつかない訪問者も実際には多いが、競り場で連日見られる巨大なマグロ群数百本の迫力は業界のことをよく知らない素人にも圧倒的で、感嘆の声を上げながら熱心に見つめている。
世界を驚かせた300万ドルのマグロ
今年の初競りでは例年通り、青森県大間で水揚げされた本マグロが2億0700万円と史上2番目の高値で落札したが、その非常識なまでのご祝儀価格も外国人観光客を誘ってやまない魅力だ。今年は昨年来の円安の影響で現在の米ドル建てでは130万ドルにとどまるものの、2019年の史上最高値(278kg、3億3360万円)の時は同約300万ドル、寿司1貫当たり2万円超と報じられ、巨額の落札価格が世界を驚かせた。
落札したのは寿司レストランチェーン「すしざんまい」を展開する喜代村。その木村清社長はこれを1貫約300~400円の通常価格で販売し、その後一部で「tuna king (マグロ大王)」と呼ばれ、築地本店前の氏の像は観光客の撮影スポットとなっている。
プロの街トヨスでは競り以外にも早朝6時からの「sushi breakfast(寿司朝食)」や、専門店街における包丁などの買い物というプロの街ではの魅力も盛りだくさんだ。
毎朝マグロを解体する仲卸業者: 2019年には300万ドルのマグロを購入した (提供:岩佐寿司)
早朝の寿司朝食での一番人気は、冬場の極寒の中でさえビルの外に長い列ができる「寿司大(Sushidai)」だ。昨年末にはまだモノレールなどの公共交通機関が動き出す前の午前4:30に約60人が列を作った。(ちなみに同店の席数は16席のみ)かつてツキジではずっと店外で待たなければならなかった同店だが、トヨス移動後は当日予約を受け付けている。フランスの著名グルメガイド「ミシュラン」でも紹介され平日の客は、7割方が世界各地からの外国人だという。スムーズに見て回るためには有資格ガイドが重要だ。このほかにも日米のアスリートや某大富豪が息子と一緒に訪れた寿司店や、現在は1,300店舗以上を展開する牛丼店チェーン吉野家の第1号店、メガヒット曲「だんご3兄弟」を産んだ和菓子店「茂助」など魅力的な場所が目白押しだ。
一方、観光スポットとしてますます多くの内外観光客を惹きつけているのがツキジの場外市場(Tsukiji Outermarket)だ。
ツキジは銀座の中心部から徒歩で10分程度という抜群の地の利と長い伝統に裏打ちされた吸引力から圧倒的な量の観光客で今も連日にぎわっている。また中央市場移転後も伝統を守り続ける多くの専門店や飲食店、市場と同じ構造を持つ二つのビルが多くの訪問者を集めている。同時に、広大な観光客向けエリアでは、海鮮から肉類、スイーツまで実にさまざまな食品を手軽に試すことができ、毎日がお祭り状態で、「Foodie’s paradise (食いしん坊の天国)だ!」とされる。
トヨス、ツキジを問わず、近年魚市場を訪問する外国人観光客の中には、自ら料理を作り予め日本食について勉強して来日する熱心な者も少なくない。トヨスの専門店街では毎日プロ用の包丁を研ぐ様子に感動し、購入した包丁にカタカナで名前を彫り込んで喜んで持ち帰る者も多く、中には自らや家族・友人のために1本10万円以上の包丁を買う者まで。
10年単位の昔、日本人が生の刺身を食べると言うと欧米、アジアを問わず外国人からは奇異な目でみられ、一緒に楽しむのは困難だった。来日直後の中国系の留学生やビジネスマンの多くは、水やビールでさえ冷たいものはなかなか飲もうとしなかった。
いま、アジア系、欧米系を問わず訪日外国人の多くは本国で寿司を食べ慣れ、積極的に新たな日本食にチャレンジする。
和食のユネスコ無形文化遺産への登録から12年の今年、トヨスとツキジでは食文化を通じて日本の文化全般が加速度的に世界に広がっていることを強く実感させられる。
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