第64回 キリンやシマウマが闊歩する比の小島 直井謙二

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第64回 キリンやシマウマが闊歩する比の小島

フィリピンの西の外れにあるパラワン諸島。小さな島々が南シナ海に張り出している。日本人ダイバーにもおなじみの島だ。

ルソン島に近いにもかかわらず、小さ過ぎてダイバーも来ない島がある。マニラから南300キロにぽっかりと浮かぶ直径わずか6キロの島、カラウィット島だ。この島に本来生息するはずのないアフリカの動物、キリンやシマウマ、それにエランドなどのシカが繁殖し、問題になっている。

その後、蒸し風呂に入り、大量の汗をかく。体内から薬物の成分を抜いた後は、僧侶が薬物の恐ろしさや生活の立て直しについて説教する。

このタンクラボック寺に1990年代までモン族が身を寄せていた。モン族はタイやラオス、それに中国南部などに住む少数民族だ。もともとは中国南部を拠点にしていた「楚人」が起源で、古代には秦に、近代では清に圧迫され、タイやミャンマー(ビルマ)の山岳部に逃げ込んだ少数民族だという説が有力だ。

モン族の悲劇はインドシナ紛争やベトナム戦争時代にピークに達する。インドシナ半島の内陸国、ラオスは王族とアメリカ対共産勢力のパテトラオの戦場となったが、モン族は王族とアメリカ側とパテトラオ側と2つに分かれて戦争に巻き込まれた。同じ民族同士が銃撃戦を繰り広げた。

敗者となった王族とアメリカ側についたモン族は、タイやアメリカに難民として流れた。タンクラボック寺も多い時はおよそ1万人の難民を収容した。寺の高僧はアメリカの上下両院議員や政府高官との交流もあった。

ベトナム戦争中の1967年、東南アジア諸国は共産主義の浸透を恐れ、「アセアン」を設立。アメリカもモン族を保護するとともに、ラオスに残ったモン族に戦闘続行を要請した。だが、もはや資本主義陣営対共産主義陣営の対立構造は崩れ、ラオス、ベトナムすら「アセアン」に加盟する時代になった。

かつて共産主義勢力の浸透に対抗するために行われたアメリカとタイの軍事演習「コブラゴールド」は現在、ターゲットが麻薬取り締まりに様変わりしている。

この時代の流れがさらにモン族を苦しい立場に追い込んでいる。ラオスとの外交の都合で、タイに新たに流れ込んだモン族はラオスに追い返された。タンクラボック寺のモン族も例外ではなく、今はほとんど姿を消している。

タンクラボック寺のモン族がどこに行ってしまったかは分からない。

動物は24年前、「黄色い革命」で失脚した故マルコス大統領が持ち込んだものだ。カラウィット島には定期的な交通手段はない。マニラから船をチャーターするか、飛行場のある近くの島まで飛行機で行き、そこから小船をチャーターするしかない。島にはホテルも港もない。

荷物を頭に載せ、浅瀬を歩いて上陸すると、砂浜をキリンがゆっくりと歩いている。この島の唯一の交通手段は、いつ分解してもおかしくない古い日本製のトラックだ。トラックの荷台によじ登り、島の中央にある管理事務所に向かう。途中で何度もエンストする。

そのたびに荷台から飛び降り、トラックのお尻を押す羽目になる。2頭のシマウマが竹林に隠れるようにして、こちらの様子をうかがっている。その後、うんざりするほど見ることになると知らずに歓声を上げた。

故マルコス大統領の行政をすべて否定した故アキノ大統領のせいで、管理事務所はボロボロだ。動物も見放された。管理事務所の職員によって調べられた動物の繁殖状態を示すグラフが壁にはり付けてあった。放置された動物は、ライオンやヒョウなど天敵がいないため、猛烈に繁殖していた。グラフによれば、故マルコス大統領によって持ち込まれたアフリカ産の動物は100頭前後だったが、600頭から700頭に達していた。

管理事務所の話では、アフリカ産の外来種動物が繁殖する陰でパラウワン・ベア・キャットなど在来種が激減してしまったということだ。管理事務所の脇にキリンがいたので、木の枝を折って差し出してみた。キリンは足を大きく開き、頭を下げて差し出した木の枝の葉を食べた。

もう1つの問題は島民の帰島だ。故マルコス大統領によって追い出された島民が故郷に戻ってきた。新たな開墾で動物のエサが少なくなる一方で、動物による農作物の被害が後を絶たない。故マルコス大統領が持ち込んだ「やっかいな遺産」に島民も動物も困っている。

写真:キリンと群れをなすシマウマ

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