■「侵攻」から見落とされた「その後」
台湾有事をめぐる議論は、これまで中国がいつ、どのように台湾を攻めるのかに集中してきた。だが、より重要なのはその先にある。台湾を仮に統一したとして、民主主義と台湾人意識が深く根づいた2300万人の社会を、いかに統治するのかだ。
この問題に正面から切り込んだのが、2026年5月に豪州のローウィー研究所のリチャード・マグレガーと米国のランド研究所のジュード・ブランシェットが共同執筆した「併合後:中国は台湾統治をどう計画しているのか(After annexation: How China plans to run Taiwan)」である。同報告は、中国の台湾統一計画が、併合後の統治段階にまで踏み込んでいるとして、強い警戒感を示した。
西側はそれを「民主主義社会への弾圧」と見る。一方、中国大陸側の言説は「主権回復後の秩序再建」と見る。この認識の断層こそが、台湾問題の本当の難しさである。中国の台湾統一計画は、侵攻や衝突以前に、すでに別の暗礁に乗り上げている。
本稿で扱う文書は二つある。2024年8月に厦門大学系シンクタンクが公表した「台湾接管準備をできるだけ早く始めよ(尽快啓動台湾接管準備)」と、それを手がかりにマグレガーとブランシェットが2026年5月に発表した報告書である。前者は統一後の「準備」を説き、後者はそれを「弾圧の予兆」と読む。
厦門大学レポートが公表された2024年8月は、台湾で頼清徳政権が発足してから間もない時期だった。独立志向とみなされる民進党が三期連続で総統選に勝利したことになり、中国側は強い危機感を抱いていたはずである。
だが、当時、中国が統一後の台湾をどう統治しようとしているかについて、日本や米国の政府、世論はほとんど関心を示さなかった。国際社会の関心はウクライナ戦争やガザ紛争にも向けられていた。台湾についても、焦点は武力侵攻の可能性にあった。台湾有事は米中戦争につながり、日本も巻き込まれる。その方がニュースとしても政治家のアピールとしても分かりやすかったのである。
今回も、マグレガー=ブランシェット報告が発表されると、厦門大学レポートの「できるだけ早く始めよ」という文言ばかりが注目された。「台湾侵攻は近い」「政権奪取準備が始まった」といったセンセーショナルな情報も拡散した。しかし、マグレガー=ブランシェット報告が問題視しているのは、侵攻時期ではない。統一後の中国の台湾統治計画から想定される人権弾圧の可能性である。
■厦門大学が提案した「影の政府」
厦門大学レポートは、公式ページではすでに閲覧できない。発表直後に削除されたとみられるが、米戦略国際問題研究所(CSIS)のサイトが保存した原文コピーや、中国国内で転載されたその要旨から内容を確認できる。
中国は、台湾が統一後に自然に中国の秩序へ戻るとは考えていない。台湾を接収し、統治し、制度的に融合させるには、事前に綿密な準備が必要だという認識が、厦門大学レポートの核心にある。
レポートは、台湾統一後のショックを和らげる方策として、二つの提案を示した。第一に、中国政府内に統治準備の専門組織として「中央台湾工作委員会」を設置し、影の政府として併合後の台湾政策を準備すること。第二に、統治手法を実地でシミュレーションする「台湾統治実験区」を厦門か泉州に設置することである。
そもそも中国にとって、台湾統一とは、中国と台湾がそれぞれ自らを「正統な中国」としてきた分裂状態を終わらせることである。台湾併合は「解放」である。「平和統一」とは言いながらも、その本質は国共内戦の延長線上にある。中華人民共和国は1949年に建国されたが、台湾だけが内戦の決着が停止した状態にある。これを完了させるという認識が、歴代指導部に引き継がれてきた。だからこそ北京は、「武力統一の可能性」を放棄していない。
とはいえ、武力行使が国際社会で肯定視されているわけではない。その一方で、中国が台湾との統一を現実の政策課題として考えるならば、統一後にどのような方策が必要になるのかを、北京政府が検討するのは、むしろ当然である。
併合後の台湾統治とは、分裂を終わらせた後の秩序回復を意味する。統一後の統治構想ができていなければ、台湾社会を壊すことになりかねない。中国から見れば、それこそ統一問題は困難になる。
だが、手法を詳細に記したこのレポートには、従来の台湾統治計画が、国際情勢の変化に十分に対応していないのではないかという、厦門大学の専門家チームの不安もにじむ。
■「一国二制度」は台湾に通用するか
厦門大学レポートは、弱小だった中国共産党が、国民党政府を大陸から追い出して、1949年に中華人民共和国を建国するまでの経緯を振り返っている。共産党の老幹部がすぐに想起するのは、1948年の長春包囲戦であろう。長春は旧・満州国の首都・新京だった大都市で、日本の敗戦後に国民党が支配した。共産党は5か月にわたり包囲し、経済封鎖を行うことで、国民党エリート層の動揺と軍兵士の脱走を促し、最終的に降伏に追い込んだ。
しかし今日の台湾で、中国共産党は一から始めなければならない。そこに困難が立ちはだかっていると、厦門大学レポートは釘を刺す。台湾では統一を主張する勢力が弱体化しており、独立に反対だったはずの国民党でさえ、独立を事実上容認する方向へ姿勢を軟化させつつあるとの危機感も示している。
さらに、「一国二制度」の先行モデルであるはずの香港では、50年かけた権力移行過程の途中で混乱が起きていると指摘する。これは、香港で民主化運動への弾圧に抵抗する勢力と当局が衝突した事態を指している。こうした経緯からレポートは、台湾に本来適用するはずだった「一国二制度」は、もはや説得力を失っているとして、台湾へのそのままの適用に否定的な見方を示した。
そのうえで、台湾では50年かけて徐々に制度改変を進めるのではなく、統一に伴う政権交代のリスクや社会のショックを軽減しつつ、台湾に最初の段階から適用する制度と法律を、事前に設計しておくべきだと主張したのである。
具体策として、「中央台湾工作委員会」は、台湾の制度形成史、日本の植民地支配、戦後1945年からの国民党による台湾接収、そして1947年に、国民党政権が台湾住民と衝突した「二・二八事件」などの教訓を、謙虚に研究する必要がある。さらには、台湾島内で孤立・散在している統一支持勢力を結集させ、世論工作を強化する役割も担うべきだとした。
「台湾統治実験区」は、台湾と風土や言語が近い福建省の厦門または泉州で、実際の台湾の政治構造を再現し、台湾統治に携わる人材を育成する構想である。退役した台湾軍人、公務員、教育関係者らを台湾から招き、政策設計に参加させる。台湾住民やメディアとの適切な交流方法を研究することまでを想定した。こうした方策によって、台湾を接収・統治するまでの移行期間を短縮すべきだと提言している。
■西側は「弾圧」、中国は「秩序回復」
厦門大学レポートの提案は、中国国内のネット世論の一部を見た限り、おおむね肯定的に受け止められている。香港で起きたような混乱を避けるため、事前準備は当然だという評価である。成り立ちの異なる台湾社会を尊重し、統治と制度の融合まで含めた総合的で画期的な構想だと見る声もあった。
一方で、投稿の中には、台湾側の社会心理に配慮しすぎだ。中国の主権を第一に考え、大陸が提示する制度を台湾側に受け入れさせるべきだ、という強硬論もあった。統一後の統治を議論すること自体が、武力行使以上の戦略的威嚇になるという見方もあった。
厦門大学レポートは、中国国内では、台湾社会への配慮を含む実務的提案であると同時に、心理戦の一部としても読まれているのである。
これに対し、マグレガー=ブランシェット報告は、厦門大学レポートの提言を厳しく批判する。台湾人の意思と人権を無視し、中国が併合後の台湾で大陸と同様の権威主義的支配を敷こうとしているというのである。
同報告には、肯定的な評価はほとんどない。民進党支持者の規模や台湾の世論調査を踏まえ、中国共産党への忠誠を誓わせる過程で、抵抗する数百万人の台湾人が公的生活から排除され、数万人が投獄される可能性がある。エリート層は思想によって分断され、政治秩序と市民社会は崩壊する。中国はそのとき、西側との外交摩擦や経済制裁にも直面するだろう、と警告している。
中国による台湾統治は、台湾および西側には「民主社会への弾圧」になりかねないとする見方が根強い。武力統一の是非を除いても、双方の間には、依然として大きな溝がある。
だが、改めて問いたい。西側のシンクタンクもメディアも統一後の台湾統治がどうなるかを、なぜもっと早く議論してこなかったのか。民主化した台湾社会を、中国共産党が統治するとはどういうことなのか。その現実を、十分に想像できていなかったのではないか。
■香港モデルの変質
この問いに答えるには、一国二制度がまだ説得力を持っていた時代に戻る必要があるだろう。もともと一国二制度は、鄧小平が中国の最高実力者だった時代には柔軟な構想だった。中国は香港返還を前に香港マカオ事務弁公室や深圳経済特区を整えた。これら影の政府や実験区は、当時、西側では警戒されることはなかったのだ。
鄧小平は、1983年に台湾に対して、驚くような発言をしている。中華人民共和国の一部であることを認めれば、台湾は統一後も資本主義を維持できる。本土に脅威になることさえなければ、台湾が独自の軍隊を持ち続けてもよいとまで語り、台湾に統一を呼びかけた。台湾側はこれを断った。
当時は冷戦時代であり、東西を隔てた壁の両側で、鶴の一声ですべてを動かすカリスマ的指導者が向き合っていた。台湾の中華民国も、国民党の蒋経国による独裁政権だった。
中国は、閉鎖状態から西側に向けて開かれた国に変わろうとしていた。1987年に鄧小平は、後に返還後の香港を支えることになる委員らを前に、香港が中国の安定を脅かし、中国の民主化を訴える拠点にさえならなければ、香港の制度は50年を超えた後も変えなくてもよい、一国二制度は継続できると述べたのだ。西側の望む方向に中国が変わるのだと世界は歓迎した。
だが、その前提は崩れた。中国の安定を揺さぶる事件が続いたのである。台湾では、蒋経国が米国の圧力も受けて1987年に戒厳令を解除し、民主化へと向かった。一方、鄧小平は1989年の天安門事件で、米国の影響を受けた民主化運動を、国家転覆の危機として受け止め、弾圧した。
今日の台湾は、民主主義を享受し、日本を上回る高所得を誇り、強い台湾人アイデンティティを持つ。一方、中国は民主化しないまま強国化に成功し、国内の安定を保っている。この体制に、台湾も西側もなじもうとしていない。
西側各国は「中国を念頭に」を合言葉に結束して、軍事戦略、南シナ海の権益拡大、レアアースや半導体供給の経済安全保障などにおいて、中国を牽制している。一時期、融和に向かうかに見えた世界は、再び壁を作ったのだ。
マグレガー=ブランシェット報告は、台湾が中国の戦略において「高リスク統治地域」に分類されたと指摘する。そして、中国が台湾を統治すれば、台湾人の人権は弾圧され、思想改造すら行われるだろうと警告している。
だが中国側は、台湾人は本来中国人であるにもかかわらず、民主化と米国の影響によって「脱中国化」させられたのだと反発する。統治が阻止されれば、中国は自らの正統性が否定されたと認識する。憎しみは連鎖する。こちらが憎めば、相手もこちらを憎む。理性を働かせねば衝突するだろう。
■日本は二つの視点を持て
かつて台湾を支配した日本としては、台湾の人々の歴史と意思を見失ってはならない。同時に、中国の歴史認識と主権に対する感覚も十分に理解する必要がある。中国は、米ロと同じ轍を踏み、大戦争によってこれまでの努力を台無しにすることを望んでいるわけではないだろう。むしろ既存の国際秩序の中で、より大きな地位を占めようとしている。その中国が、自らの正統性を示すという誇りを保ちながら、国際秩序の重要なプレーヤーとして振る舞えるのか。日本は大局に立ち、西側と中国の双方に向けて、適切な情報発信ができる立場にいる。