高市総理の台湾発言は中国反発のトリガーだったのか 安江伸夫
高市総理の台湾発言は中国反発のトリガーだったのか
高市早苗総理大臣が「台湾有事が存立危機事態になりうる」とした国会答弁に対し、中国側は強く反発した。しかし、『環球時報』のキャンペーン報道を定点観測すると、台湾発言は、日本の軍事化批判を展開するためのトリガーとして利用された可能性が見えてくる。
■「抗日」ではなく、「軍国主義」批判である意味
人民日報社発行の商業紙であり、中国共産党が内外の反応を探る媒体としても使われるとされる『環球時報』が、4月15日以来、「“ますます危険な日本に警戒せよ”シリーズ論説」と題する日本批判のキャンペーン報道を続けている。
報道が始まった時期は、米国のトランプ大統領の訪中と米中首脳会談が5月中旬に開催されると決まった時期と重なる。中国側が「米国から重視されている。日本に気兼ねする必要はない」と自信を深めた時期だったともみられる。連載は7月24日までに12回を数える。私が作成した図表は、キーワードをカテゴリー別に分け、登場回数を示したものだ。
全体を貫く大テーマは、日本が「米国の戦略」と連動し、「軍事力強化」と「憲法改正」を通じて「戦争ができる国」に変貌を遂げようとしている、というものである。そこでは、日本が「戦後国際秩序への挑戦」を目指す「新しい軍国主義」、すなわち「新型軍国主義」であるとの警戒感が示されている。
連載には、東京裁判、柳条湖事件、盧溝橋事件といった言葉も登場する。しかし、主眼は過去の侵略行為そのものの追及ではない。むしろ、今日の日本社会に、戦時中と同様、戦争への疑念や危機感が乏しい、という文脈で使われている。
個別テーマを掘り下げた回もある。「国家情報局」発足のための「国家情報会議設置法」が成立したことを受け、5月6日には、「日本の“特高”復活は軍事的冒険に向かう」と訴えた。「国家情報局」を、戦時中の日本の「特高警察」になぞらえ、諜報活動と言論弾圧により、侵略や軍事的冒険の先鋒となるのではないかとの疑念を示した。
7月24日には、小泉進次郎防衛大臣が17日のネット番組で、日本も核をめぐり「タブーなく議論しなければならない」と発言したことを受け、「日本は核保有の瀬戸際に立っている」と指摘した。
注目すべきは、「台湾問題」が初回には登場したものの、その後は中心テーマから外れていることである。つまり、高市総理の台湾有事をめぐる発言は、中国側が日本批判を展開する上で格好の「トリガー」にされたのではないか。そう考えると、台湾有事発言を撤回すれば日中関係が改善する、という単純な問題ではないことになる。

このキャンペーン報道自体の狙いは、幅広い国際世論の支持を得ながら、日本の動きを牽制することにあるのではないか。
「尖閣諸島」「抗日」という言葉がまったく使われていないことにも注目したい。国際社会では、日中いずれの主張にも理解を得にくい「小さな島をめぐる論争」や、80年以上前の戦争そのものについては、言及を避けたといえる。中国は2026年7月に共産党創立105周年の記念大会を開いたが、そこでの習近平総書記の演説でも、中国共産党の歴史において重要な位置を占める「抗日」には触れられなかった。
注意すべきことは、中国が対日批判を、国内のナショナリズムや日本単独への批判だけにとどめず、あらかじめ国際世論を意識した形で組み立てているのではないか、ということである。
この数カ月の動きとして、中国の友好国や周辺国を巻き込んだ共同声明を使った「軍国主義」批判も展開された。
5月にはトランプ大統領に続き、ロシアのプーチン大統領も北京を訪れた。中ロ共同声明には、軍国主義者への批判と、日本の軍事化への警戒が盛り込まれた。「軍国主義」という言葉は、中国では「日本」というワードが添えられていなくても、第二次大戦中の日本の軍事的な国策や思想を意味する。
その後も、パキスタン、ミャンマー、バングラデシュ、モンゴルなどとの共同文書に、「日本」の名指しは避けながら、「軍国主義復活反対」や「戦後国際秩序を守る決意」が盛り込まれた。一方、ラオスとの共同声明には、「軍国主義」などの文言が見られず、各国の対応には濃淡がある。
■処理水問題で見られた「国際化」の先例
中国が、対日批判を日中二国間の争点にとどめず、友好国や周辺国、国際会議の場に持ち出して展開する手法は、今回が初めてではない。福島第一原発の処理水放出をめぐっても、中国は処理水を「汚染水」と呼び換え、韓国、ロシア、ソロモン諸島などを巻き込みながら、日本批判を国際化した。
背景には、処理水問題そのものだけではなく、当時進みつつあった米国主導の中国包囲網構築への反発と、そこに関わっていた日本への牽制という政治的な意味合いもあったと思われる。
2021年3月から4月にかけ、米国は「国家安全保障戦略(NSS)」の暫定指針で、中国を「最大級の地政学的な挑戦」と位置付けた。同時に、日米豪印のQUADを通じた中国包囲網の構築も進み始めた。菅義偉政権が海洋放出方針の決定を発表した。その直後に、菅総理大臣が訪米し、日米共同声明で初めて「台湾海峡の平和と安定の重要性」に言及した。中国としては、これを看過できなかったのではないか。このとき以来、中国政府は処理水放出への批判と問題追及を継続してきた。
■米国そのものではなく、同盟国を叩く構図
中国と距離を置こうとする親米の周辺国には、近年、昨今の日本に対するのと同様、さまざまな威圧が行われてきた。それは“米国陣営”からの切り崩しにも見える。
既存の国際秩序は、米国を中心に形成・運用されている。米国が台湾への武器供与や経済問題などで中国を牽制する動きに出ても、中国は米国を特別扱いせざるを得ない。戦後にできた国際組織やルールを中国が利用する限り、中国は米国と正面衝突するコストを計算せざるを得ない。そこで、米国そのものよりも、米国の同盟国やパートナー国に圧力をかける形で対抗する。
その構図は、フィリピンやオーストラリアの事例に表れている。
フィリピンでは、2016年に成立したドゥテルテ政権の時代に、前のアキノ政権時代に悪化した中国との関係改善が図られた。しかし2022年にマルコス政権へ交代すると、米国との安全保障協力が強化される一方、中国との南シナ海での衝突が激化し、関係は再び悪化した。2028年にはフィリピンは次の大統領選挙を迎える。中国はフィリピンの国内政治の変化をにらみ、対中融和的な政権への転換を期待している可能性がある。
同じような中国との対決の構図は、オーストラリアにも見られた。近年のオーストラリアでは、労働党政権の方が対中関係の安定を重視し、自由党政権は特に安全保障面で中国への警戒を前面に出すという傾向があった。
自由党のモリソン政権時代の2020年には、新型コロナが拡大した。モリソン首相は中国政府やWHO(世界保健機関)の対応があいまいだとして、独立した国際調査の実施を世界に訴えた。中国はこれに猛反発し、農産物輸入禁止などの経済制裁で威圧した。
しかし、オーストラリアにとって中国は最大の貿易相手国である。得られる経済的利益は大きい。2022年に労働党のアルバニージー政権にかわると、訪中を図るなど、両国関係は徐々に改善へ向かった。
モリソン政権時代の中国との対立は、オーストラリアが2021年に米英と発足させた安全保障の枠組みであるAUKUSや、先述した日米豪印のQUADの構築に向けた動きと重なっていた。中国が太平洋に影響力を拡大させるうえで、太平洋の島嶼国のリーダー格であるオーストラリアが反中姿勢を示すことは好ましくなかったのである。
中国の圧力には、相手国を一方的に敵視し屈服させるというよりも、相手国の国内政治状況を見極める側面がある。対中姿勢が異なる二つの勢力を分断し、親中派勢力を取り込み、米国の対中牽制に追随した強硬派を孤立させる。政策転換や次の政権交代を見ながら、圧力と関係改善を使い分けているといえる。
■安倍政権。二度の交代と対中スタンス
日本の安倍政権の事例を見ると、中国は一律に、日本の保守派やタカ派と対立してきたわけではない。むしろ、国際環境や国内政治の条件によっては、保守政権との関係安定を選んできた。
2度の安倍政権はいずれも、直前の政権から対中スタンスを変えた。2006年9月に第一次政権を発足させた安倍晋三総理大臣は、悪化していた日中関係を立て直すため、就任後すぐに中国を訪問した。
第二次安倍政権も、2012年の政権復帰後、再び中国に接近した。直前の民主党政権時代、日本は尖閣諸島問題で対中関係を悪化させていた。安倍総理は2014年11月、習近平主席と初めて会談した。
2020年9月までの長期政権の間、安倍総理は憲法改正や新しい安全保障政策を目指す上で、経済的な結びつきや東アジアの安定の面で重要な中国との過度な緊張を避ける必要があったとみられる。
2015年9月、安倍政権は安全保障法制を成立させた。注意しておきたいのは、この法制に、高市総理の国会答弁で言及された「存立危機事態」が規定されたにもかかわらず、中国の目立った反発はなかったことである。
2015年9月という時期は、中国の抗日戦争勝利70周年式典と重なっていた。中国側は安倍総理を式典へ招待した。安倍総理は国会日程を理由に直前で参加を断った。結果として、法制成立に対して中国側が大きく反発するタイミングは限られた。存立危機事態規定に対する批判の矢が放たれないよう、日本側が式典参加を切り札として駆け引きに使ったような形になった。
安倍総理は外交面では、ロシアのプーチン大統領と対話を続け、イランの最高指導者ハメネイ師とも会談した。こうした動きは、対中包囲網の先頭に立つ印象を和らげ、習近平政権に危機感を抱かせないための巧みな立ち回りとなったのではないか。中国側としても、米中関係の先行きをにらみ、日本との対決を避ける判断をした可能性がある。
■高市総理はどう出るべきか
では、高市総理はどう出るべきなのだろうか。中国側は、政権交代まで待つつもりなのかもしれない。だが、国際情勢が変われば、習近平政権にとって日本に接近することの方がプラスになる可能性もある。
ひとつヒントがある。中国にとって、日本と韓国は米国同盟国であるのと同時に、中国の周辺環境を構成する重要な国である。習近平主席がコロナ禍で延期になっていた日中韓首脳会議の開催にこだわったことも、その表れだろう。
2023年9月に中国・杭州でアジア大会が開催された際、開幕式に出席した韓国首相に対し、習近平主席が日中韓首脳会議再開への希望を伝えたという。同年8月には日米韓首脳会談が米国キャンプ・デービッドで開催されており、これを意識して、中国は日韓を米国側から中国側へ近づけようと考えた可能性がある。そして2024年のソウルでの開催にこぎつけたのである。中国が日本や韓国を、単なる米国の同盟国としてだけではなく、自国の周辺国として意識し、米国側へ完全に固定させないための枠組みを必要としていると思われる。
もうひとつのヒントがある。習近平主席は、2025年10月に韓国・釜山でトランプ大統領との首脳会談に臨んだ際、「米国に挑戦し、取って代わることはない」と伝えた。
中国は米国中心の既存国際秩序から多くの利益を得てきた。そのため、米国が維持し主導してきた秩序との正面衝突や、米国の急激な不安定化までは望んでいない。むしろ、その秩序から得られる利益を最大化しつつ、中国が構想する秩序と併存させることを望んでいるとみるべきではないか。
その中国にとって、既存秩序の中で米国同盟国である日本が、中国包囲網の先頭に立って中国を牽制することは、決して受け入れられるものではない。それを阻止したいと考えるはずだ。
日本は、安全保障で頼る米国との関係を第一に考えざるを得ない。しかし同時に、韓国やオーストラリア、ミドルパワー諸国の連携を訴えたカナダなどの動きも参考にしながら、中国の警戒心を和らげるために、十分な説明を尽くしながら動くべきではないか。
そのとき、日中関係をめぐる中国の主張や発言については、言葉ひとつを切り取って認識するのではなく、中国の国際戦略の全体像や歴史的経緯を踏まえて判断すべきだろう。それは私たち国民ひとりひとりの課題でもある。



