AIはビジネス革命を起こすが、中国では過剰投資で「爛尾楼」になる不安説も
世界半導体市場(WSTS)統計によれば、2026年における全世界の半導体市場は昨年25年比で90%増の1兆5112億ドル程度になる見込みだという。昨年末時点での2026年市場規模予想が9754億ドルであったことからすると、大幅な上方修正であり、しかも1兆ドル超えの予想は初めてとのことだ。これも近年、日常生活の中に人工知能(AI)が入り込み、高校、大学生までも当たり前のツールとして使い始めたことが大きい。画像処理半導体(GPU)を持つ米国企業の「エヌビディア」がこの分野のナンバーワン企業であり、そのトップである台湾出身米国人のジェンスン・ファン(黄仁勲)氏などは世界的な著名人となり、その一挙手一投足が注目されている。ただ、一方で、「AIは買いかぶりすぎ。バブル状態になっているのでは」と冷ややかに見る向きもある。確かに、短期的には期待の膨らみ過ぎの観がなきにしもあらずだが、中長期的に見れば、AIの需要が減退することはまずあり得ないのではなかろうか。
<経済ファンダメンタルズ>
最初に中国のファンダメンタルズに触れておく。国際通貨基金(IMF)の2026年4月時点の推計では、今年、中国の実質成長率は昨年(4.96%増)を下回って4.41%増と予測されている。国家統計局の発表によれば、4月、5月の消費者物価指数(CPI)はいずれも前年同月比で1.2%の上昇だった。3月が同1.0%のアップだったのに比べて上昇傾向。ただ、市場予測で、「5月の上昇率は1.3%程度になるのではないか」とされていたが、この数字には達しなかった。地域別で見ると、都市のCPIが1.3%増、農村部が1.1%の増。分野別では、食品価格が1.7%下降した。これは中国人にとっては大きなウエートを占める豚肉価格が16.1%下がったことが大きな原因だ。非食品価格は1.9%アップしており、消費品価格は1.6%、サービス価格が0.8%とそれぞれ上昇した。1-5月の平均CPI上昇率は前年同期比1.0%のアップだった。
一方、生産者物価指数(PPI)は、今年2月までずっと前年同月比でマイナスだったが、3月に0.5%増とプラスに転じ、4月は同2.8%増、5月は3.9%増と3カ月連続のプラスとなり、これまた上昇トレンドに入った。5月は特に2022年7月以来の高い伸び率となった。中東紛争によってコスト高を招き、それが企業利益を圧迫し、内需を冷え込ませたことがCPI、PPIに影響していた。一方で、一部業種でAIシステムを導入する企業もあり、新たな先端技術需要が生まれたことがPPIを上振れさせた。先端分野以外の製造業で、資本投下のコスト増を消費者に転嫁するのは難しい。さらに、雇用市場の下支えや内需の押し上げに協力するという政府の圧力もあるため、なかなかCPIの上昇にはならないようだ。
同じく統計局の発表では、4月の社会消費品小売総額は前年同期比0.2%増だった。3月のこの伸び率は同1.7%増であったのに比べると鈍化傾向を示している。0.2%増という数字は、新型コロナウイルスの蔓延で消費が落ち、前年同月比でマイナスとなった2022年12月以来の低水準であった。中東紛争で原油の価格が上がったほか、環境対応の新エネルギー車への補助金が縮小されたことで自動車の販売が落ち込んだことが原因。品目別に見ると、やはり自動車の販売不振が際立ち、3月の前年同月比11.8%減から、さらに悪化し、4月は同15.3%減となった。政府は、新エネ車の車両取得税を2025年末まで全額免除としていたが、今年に入ってその免除額を半額としたため、消費者の購買意欲を削いだようだ。
国家統計局によれば、製造業購買担当者景気指数(PMI)の全体指数は、3月に50.4、4月には50.3だったが、5月は50.0と下降した。PMIとは製造業3200社を対象に、全体のほか、「生産」「新規受注」「完成品在庫」「従業員数」など10項目についても個別に景況感を調べるインデックスで、「50」を境目にしてこれより上なら好調を示し、下なら不調を表す。今年2月までは昨年12月(50.1)を除いてほぼ1年、49台で推移してきたので、これに比べれば、回復基調にあることは疑いない。項目別では、輸出の伸びを背景に「生産」項目のPMIは上昇しているが、「新規受注」では前月から1.0ポイント低下した。不動産不況による内需不振で、依然外需に頼る状態が続いているためであろうか。
失業率はどうか。統計局発表では、2026年4月の全体失業率は5.2%、5月は5.1%と、先進国と比べても遜色はない。ただ、4月の数字を年齢層別で見ると、30歳-59歳が4.2%なのに対し、若年労働層の16歳-24歳(在校生を除く)は16.3%とかなり高く、その上の25歳-29歳も7.4%と高率。中国では毎年6月に大学、専門学校などの高等教育機関学生が卒業し、7月に一斉に労働市場に参入する。今夏も約1270万人が卒業すると言われ、現在の若年失業率の状態から見て就職はそれほど容易ではない。このため、大学院への進学や海外留学などすぐには労働市場に飛び込まない“停滞組”も出るし、大学学業の成果が活かせられないギグワーカーになる人もいる。さらには親のスネをかじって何もしない“寝そべり派”も多数出てきそうだ。若年層の就職難は結局、中国全体の消費力を減退させ、引いては経済の発展を阻害する恐れもある。
<エヌビディアと台韓企業との提携>
さて、話をAIに戻す。世界は今、急速にAI活用時代に突き進んでいる。従来のパソコンやサーバーに搭載される半導体チップはCPU(中央演算処理装置)であり、メーカーとしては、パソコンなどのキーボードでよく見かける米「インテル」が有名だ。ところが、AI時代になると、膨大なデータを同時処理することが可能なGPU(高速画像処理装置)が俄然優勢となる。このGPU市場の92%を占めているのがエヌビディア(NV)だ。ネット情報によれば、AI向けデータセンターのGPU市場規模は今年約137億ドルに達する見込みとのことだが、NVがほぼ独占状態なら、獲得利益はまた膨大である。そのためか、今年6月時点で同社の時価総額は5兆1000億ドルにも達している。ちなみに、テック産業の時価総額ランキングを見ると、2番手に米「ブロードコム」で2兆1000億ドル、3位に台湾のTSMC(台湾積体電路製造)の1兆9000億ドルが続くが、NVとは大きな開きがある。
コンピューターなどに使われる半導体の市況はこれまで山あり、谷ありの上下の振れが激しかった。これは、年ごとに期待値と現実の需要とのギャップが見られたためだ。だがWSTSの予想では、来年2027年の半導体市場規模は26年比27%増の1兆9136億ドルになりそうだと言われ、とりわけ、AIサーバー向けの半導体需要は、「少なくとも2028年までは下がりにくい」と市場関係者は見ている。最先端のフラシュメモリーを持つ日本企業「キオクシア」はAI需要に乗って売り上げを伸ばし、2026年第2四半期の連結純利益が8690億円と前年同期比の48倍になった。韓国の半導体大手「SKハイニックス」も「メモリー半導体の生産量を今後5年間に2倍に増やす」と意欲を示す。AI伸長への期待感は揺らいでいない。
エヌビディアのトップ、ジェンスン・ファン氏は台湾系米国人で、1963年に台南市で生まれた。5歳で家族とともにタイに移住したが、本人は9歳で兄とともに親元を離れ、米国ワシントン州にいる親戚を頼った。オレゴン大学やスタンフォード大学で電気工学を学び、1993年に友人と共同出資でNVを立ち上げた。そのためにファン氏は台湾への思い入れも強く、今年5月末にも同地に赴き、大歓迎された。滞在中、年間最大1500億ドル規模の投資計画を発表したほか、台湾の世界的テック企業であるTSMCや「鴻海精密工業(フォックスコン)」のトップらと会食して意見交換した。この大金持ち著名人ばかりが参加した食事会について、地元メディアは「兆元宴」などと言ってもてはやした。大陸中国もファン氏に注目しており、トランプ訪中に随行した際には最大級の歓迎をし、名門・清華大学経済管理学院の諮問委員に招いている。
ジェンスン・ファン氏は台湾の後、6月初め韓国に渡り、SKグループとの間で、「2027年までにAIをベースに据えた「AIファクトリー」を稼働させることで合意した。この施設の中身は良く分からないが、日経新聞によれば、従来のデータセンターが汎用的な計算処理をするのに対し、「AIファクトリーはAIモデルの学習や推論に特化し、大量のデータを元にAIを継続的に生産し、提供する設備だ」とされる。要は、現在世界各地にある「AIデータセンター」を超える次世代モデルのデータセンターであるようだ。エヌビディアとSKハイニックスはこれまでも広帯域メモリー(HBM)で提携、協力態勢が出来上がっており、今回の事業はこの提携を一段と進めるものだ。実は、ファン氏は中国大陸のあと台湾を訪問、その後に韓国に渡り、SKグループのほか半導体大手「サムスン」のトップとも会談した。日本をまたぐ格好で素通りしたため、日本サイドからはいらだちと怨嗟の声も聞こえた。
確かに、台湾、韓国のAI関連企業はすさまじい発展を見せている。台湾のTSMCは、今年第1四半期の純利益が前年同期比58%増と最高益を記録。さらに5月単月だけでも前年同期比30.1%増の4169億7500万台湾元と過去最高の売り上げとなった。半導体受託製造企業(ファウンドリー)である同社は、エヌビディアやアップル社が設計した先端半導体を製造しているが、NVがAIプラットフォーム「ベラ・ルービン」の量産体制に入ったことがTSMCに大きな追い風となった。TSMCはここに3ナノメートルの半導体チップを納入しているからだ。今年第1四半期、韓国のサムスンも前年同期比5.9倍、SKハイニックスも同5.0倍という大幅増益となった。TSMCとこの韓国2社はしっかりとNVとの連携ができているようで、業績の良さはこの結びつきによるところが大きい。
韓国SKグループのチェ・テウォン(崔泰源)会長が最近、日経新聞のインタビューに応じたが、その中で、SKハイニックスが日本にも次世代データセンターを造る計画であることを明らかにした。前述のように韓国のAIファクトリーが一番先で、2027年に開設される予定。日本では「2028年、29年での稼働を目指す」としており、これで「日本企業の生産性向上を手助けする」と言う。チェ会長が日本に狙いを付けたのは、日本企業がAIの可能性を大きく評価しており、潜在顧客が多いとの認識を持っているためだ。さらに、TSMCが熊本県菊陽町に進出したように、日本は半導体生産に適した豊富な水と電気があることも計算に入れている。同会長は「韓国以外でAI施設建設を考えた場合、十分に素晴らしい候補地だ」と語っている。
<AIによるビジネス革命>
では、AIが将来、確実に経済の発展に寄与するかどうかという点。現時点で、AI関連企業の株価が上昇傾向を示していることは事実で、代表的企業エヌビディアの時価総額が5兆ドルを超えていることを見れば、ビジネス世界の多くの人が発展の可能性を信じていることは疑いない。ただ一方で、ネット情報などによれば、「AIはバブル状態にあり、そのバブルがはじける可能性は否定できない」という論もある。そこで参考になる過去の現象がある。1990年代後半にあった「ITバブル」はどうだったか。パソコンにインターネットが導入されたことで、ビジネス環境がガラッと変わった。そのため、技術革新に対し過剰な期待がかけられ、この時期、テック企業の株価は実体を大幅に上回る高値を付けた。それで、この後にITバブルは崩壊したのかと言えば、結果はむしろ逆だった。
ITによってパソコンに計算ソフトなどさまざまなアプリが導入され、従来人任せだった作業がほとんどアプリでできるようになり、企業のコストは削減された。さらに遠隔地にいる人間とはパソコン画面で話し合えるようになり、出張などの手間が省けるようになった。海外との通信には1990年代まで高額な電話代が必要だったが、無料通話アプリの普及でその経費もなくなった。ITは間違いなくビジネスに革命を起こしたのだ。これがAIの普及によってさらに深化する。最初はワード検索の延長のような形でチャットGPTが我々の生活の中に入り込み、やがて議事録や報告書の作成、部内や顧客向けへのプレゼンテーション資料なども簡単に作れるようになった。これでどれだけ人員削減が図れるか、AIの導入によって企業の生産性は限りなく向上していっている。
生成AIによってさらに予想を超えるスピードで技術革新が進むと言われている。業務効率を向上させる新しいアイデアの創出、新製品の開発も考えられる。このため、企業経営者は、AI導入により画期的に生産性の向上が図れることを確信し、だれもが後れまいとして争って導入を図っている。日本では、「生成AIの普及、GPU需要の急拡大を受けてデジタル・インフラ整備を重視する」という政府の呼び掛けの下、2023年、24年から急速にデータセンター建設が進められた。中国も最近、今後5年間に2兆元を投じて全国各地にデータセンターを造る計画を明らかにした。今年3月の全人代で承認された「第15次5カ年計画」でも、全国にデータセンター網を張り巡らすとの方針が示されている。
米大学のある調査によれば、米国のデータセンター数は5427カ所あるが、中国はわずか449カ所にとどまっているとのこと。中国としては、巨大投資でこの後れを取り戻そうとしているようだ。こうした各国の競争によって、「2030年にAI市場は4兆ドル規模に達する」という予測もある。AI導入によるビジネス革命の可能性は、IT導入時を超えるのは明らかである。
<それでも消えないAI不安説>
西側先進国は民間利用と言いながら、軍事転用されることを恐れて、中国に対して先端半導体の輸出を抑えている。そればかりか、製造設備やEDAソフトウェアやHBM(高帯域幅メモリー)も出していない。EDAソフトウェアとは、半導体や電子回路の設計・検証・製造プロセスを自動化・効率化するためのツール、HBMとは、生成AIとかスパーコンピューターの性能向上には欠かせない技術と言われている。米ブルンバーグ通信が6月9日報じたところによれば、台湾もAI向け半導体の大陸向け輸出をストップしたほか、大陸に半導体を密輸する犯罪集団に対しても取り締まりを強化することを決めたという。台湾がこれらハードウェアの対大陸禁輸を打ち出したのは、米国が2022年から実施している法規に則った措置に準じたためと言われる。
巨大投資による中国のAIデータセンター建設はうまくいくのか。現在、中央政府も財政難にあり、数多くの領域で緊縮化を図っているが、国家発展改革委員会を中心とした関係部局は「全国にAIデータセンター網を巡らす」という大胆な計画を立てている。その原資としては、長期特別国債のほか、国家創業投資引導基金を利用したり、銀行から融資を受けたり、民間資本を募ったりするという。借金してでも、AIで米国、西側先進国の後れは取らないという強い意志を持っているようだ。データセンターの運営は「中国移動通信(チャイナ・モバイル)」「中国電信(チャイナ・テレコム)」という大手の無線、有線の電話企業が担うという。
だが、AIデータセンター造りには”落とし穴“もあるようだ。米国では、「AIが人間の雇用を奪う」という不安感が広がり、英国で産業革命後の19世紀初めに起きた「ラッダイト運動」、つまり労働者の機械化反対、機械の打ち壊し行動のような雰囲気も醸成されてきているとも言われる。実は、米メディアサイト「ニューズマックス」によれば、 一定の勢力がSNSを使って「AIデータセンターはエネルギーや水を大量に使い、騒音も出るので環境破壊になる」「電気代も上がるかも知れない」などの危機情報を発進し、米国民に対し、AIへの反対気運を煽っているという。政治ネットサイト「アクシオス」によると、その発信者はどうやら「北京の息のかかった連中」で、中国サイドがAI先進化を図る米国の動きを阻止するため、反対キャンペーンを展開しているようだと指摘している。
実際に、このキャンペーンによって、全米各地60カ所のAIデータセンター建設が停止されてしまったという。SNS上の意図的な発信は、米国民、とりわけ労働者の心底にもともとあった潜在的な不安感に火を着けたことは間違いない。19の州がAIデータセンター建設の規制に動いていると言われる。米国民の4割以上がAIを信用せず、導入に懐疑的であるという調査結果も出ている。こうした声に乗じるように野党民主党の左派グループはデータセンターの建設を連邦レベルで一時停止するよう法案を提出した。さらに、AI利用の企業に対し特別課税することも呼び掛けている。一方、トランプ大統領は,企業がAIの導入によって利益を得るなら、その恩恵を国民に還元する法案を考えているという。
では、中国のAIデータセンター建設はどうなるか。「AIデータセンター的施設の数はすでに過剰な状態にある」との見方が根強い。経済ファンデメンタルズで明らかなように、中国経済は今、高度成長状態ではない。加えて、米国など西側諸国による先端半導体の輸出規制もあってデータセンターが十分な機能を果たせるか懸念する声もある。そのため、巨費を投じてのさらなるデータセンター設置は「大躍進を彷彿させる動き」との悲観的な見方も出てきた。大躍進とは1950年代に毛沢東主席の号令によって始まった農作物や鉄鋼製品の大増産を求めるキャンペーン。だが、経済実態を無視して国営企業や人民公社などの集団事業体に無理強いしたため、その後の自然災害も重なって大飢饉が起こり、数千万人が餓死したと言われる。
AI化に突き進んで大飢饉が起こることはないが、不動産バブルの後遺症のような、使われないビルや住宅が大量に残る「爛尾楼」状態が出現する可能性は否定できない。このため、米国の大手プライベート・エクイティ-・ファンド(PEF)は、中国のデータセンターへの投資資金を引き揚げているという。PEFはAI施設の過剰を見たばかりでなく、政府によるサイバーセキュリティー、データ管理などの規制強化という政治的なリスクも考慮したとも言われている。この引き揚げ資金はシンガポールやマレーシアに向かっているという。結論的に言えば、デフ経済から依然脱却できない中国にとって、AIは起死回生のツールになり得るのであろうが、先進半導体の輸入規制、加えてAIが大量に必要とする水、電気の供給問題もあり、有効に利用するまでにはまだ紆余曲折がありそうだ。
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