本音が幅を利かす時代へ移行するタイ 直井謙二

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▼執筆者紹介

1945年東京都生まれ。武蔵工業大学卒業後、テレビ朝日に入社。外報畑を歩み、1983年から2000年代初頭にかけてバンコク支局長を2回にわたって歴任。 この間、タイ、カンボジア、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、インド、パキスタン、中国西域などに滞在し、アジア激動の時代にクーデター、災害、 事件事故、国際会議、楼蘭遺跡、アンコール遺跡などを幅広く取材した。 2005年から10年まで株式会社衛星チャンネルの常務監査役を務める傍ら、アジア報道の番組制作にも当たった。

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本音が幅を利かす時代へ移行するタイ

タイは建前と本音を巧みに使い分ける国だ。経済の停滞を打破するためタイ式キックボクシング、ムエタイなど23種類の賭博を合法化する案が政権内部で浮上している。

上座部仏教を篤く信仰する王国タイでは、厳しい戒律を守る僧侶が社会規範を形づくってきた。朝になると僧侶が托鉢に回り、人々はコメや日用品を手にひざまづいて寄進し、徳を積む。(写真)折に触れて寺を訪れ、僧侶の説法に耳を傾け、日々の暮らしに生かしている。

こうした宗教的な背景もあり、賭博は長年厳しく規制されてきた。周辺のカンボジアやフィリピンではギャンブルが比較的自由に認められているのに対し、タイでは公営競馬と政府発行の宝くじ以外は原則として違法である。外国人にも例外はなく、賭けマージャンをしていた在留邦人が拘束されたケースもあった。

かつてアユタヤに近い郊外で取材していた際のことだ。数人の男性が車座になって何やら騒いた。近づくと、男性たちは驚いたように立ち上がり、一目散に逃げ出してしまった。

何が起きたのか分からず同行していたタイ人の助手に尋ねると、笑いながらこう説明してくれた。「ボスはタイ人の男性がよく着るサファリスーツ姿ですし、警察官が持つトランシーバーのような携帯電話を持っていますから」

当時の携帯電話は今と違って大型で、確かにトランシーバーのように見えた。日焼けした顔はタイ人と見分けがつかない。男性たちはトランプ賭博をしていたため、私を警察官と勘違いし、摘発が入ったと思って逃げ出したのだという。

厳しい規制があると窮屈な社会を想像しがちだが、そこはタイである。建前と本音を上手に使い分ける知恵がある。

例えば合法なのは月に2回抽選が行われる公営宝くじはだけだ。しかし、その当選番号を利用して、仲間内で非公式の賭けが広く行われている。当選番号を逆から読むなど独自のルールを加え、お手伝いさんや運転手、近所の知人らが参加する。胴元の運営費がほとんどかからないため、配当率も高くなる。

つまり、建前では「賭博は禁止」でありながら、本音では多くの人々が賭け事を楽しんでいるのである。

一方、隣国カンボジアをはじめ周辺国では、合法化された賭博が行われていて、観光産業の重要な柱となっている。タイ人も国境を越え、堂々と賭けを楽しめるカンボジアへ足を運び、多額の金を落としている。カンボジアの国境の町ポイペトやパイリン周辺の賭博場では、タイ人が主要な顧客となっている。

近年は中国経済の減速を背景に、タイを訪れる中国人観光客の財布に紐が固い。こうした状況を受け、「建前」をさて置き賭博を合法化しようという「本音」の政策へかじを切ろうとしている。


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