一.王論考と達論考を比較する
二〇〇五年、王緝思は『外交評論』に「美国覇権与中国崛起(米国覇権と中国の台頭)」を発表した[1]。二〇二六年、達巍は『世界知識』に「多極化時代的美国(多極化時代の米国)」を発表した[2]。二篇の間には二十一年の隔たりがある。両者を並べて読むと、中国の自国認識、対米認識、国際秩序認識が、この間にどこまで移動したのかが鮮明になる。
もちろん、この二篇だけから、中国全体の認識変化を論じることはできない。著者も媒体も異なる。王論考は学術誌に掲載された論考であり、達論考は外交・国際問題を扱う政策誌の特集記事である。ここで比較できるのは、まず、二人の有力な中国の米国研究者が、それぞれの時代に公的に提示した戦略認識である。そのうえで、この差異は、中国の対米戦略言説の重心が移動したことを示す一つの指標として読むことができるだろう。とりわけ本稿が着目するのは、競争を認めながら破局を回避しようとする中国の米国研究者の議論の重心が、どのように移動したかである。
王緝思は、中国社会科学院米国研究所所長、北京大学国際関係学院院長を歴任し、北京大学国際戦略研究院創始院長である、中国の米国研究を代表する研究者である。王の議論の特徴は、米国の力を過小評価せず、中国の国力を過大評価せず、しかも権力移行が自動的に戦争を生むという決定論を退ける点にある。達巍は、中国現代国際関係研究院米国研究所所長を経て、現在は清華大学戦略・安全研究センター主任を務める研究者である。王が長期的な構造を分析する研究者であるとすれば、達は秩序移行期の競争を管理可能な政策課題に翻訳する研究者だといえる。二人は、中国の対米言説空間において、米国の衰退と中国の優位を既定の帰結とみなす議論にも、米中衝突を宿命視する議論にも距離を置き、競争を管理する余地を示すという、よく似た役割を担っている。
二.論題に表れた主客の逆転
二篇の論考の題名そのものが、二十一年間の変化を象徴している。王の「米国覇権と中国の台頭」は、米国覇権が既成の構造であり、中国はその内部で上昇する存在である。これに対して達の「多極化時代の米国」では、多極化が時代を規定する構造であり、米国がその内部に位置づけ直されている。二〇〇五年には米国覇権が中国を位置づけていた。二〇二六年には多極化が米国を位置づけているのである。
王は冒頭で「美国維護単極、中国提倡多極(米国は単極を維持し、中国は多極を提唱する)」と書いた。ここで多極化は、中国が掲げる政策的、規範的な方向であり、現実の世界構造はなお米国単極である。達はこれに対し、「世界多極化是歴史趨勢、未来的美国将是多極化中的美国(世界の多極化は歴史的趨勢であり、将来の米国は多極化の中の米国となる)」と論じた。多極化は、もはや中国が実現を求める理念としてだけでなく、米国自身を包摂して進行する歴史的趨勢として語られている。二篇を比較すれば、多極化の位置づけは、「中国の主張」から「世界を規定する趨勢」へ移ったのである。
三.秩序内部の台頭国から秩序を構成する「強極」へ
王論考の中心命題は、「在美国構築的全球覇権体系下、中国也還有相当大的崛起空間(米国が構築したグローバル覇権体系の下でも、中国にはなお相当大きな台頭の余地がある)」という一文に集約される。重要なのは「体系の下で」という位置関係である。王によれば、中国は米国主導秩序を転覆する国家でも、その秩序を米国と共同で設計する国家でもない。国際機関、世界市場、米国の金融力を含む既存秩序を所与とし、その内部の機会を利用して発展する国家であった。
王は米国覇権を、制度、経済、政治・イデオロギー、軍事に分解し、中国の台頭は相当長期にわたり、いずれにも重大な挑戦を与えないと判断した。ただし、アジア太平洋については例外を設け、「中国崛起対美国在亜太地区的覇権地位形成結構性的挑戦(中国の台頭は米国のアジア太平洋における覇権的地位に構造的な挑戦を形成する)」と論じた。このグローバル覇権と地域覇権の区別は、今日から見て、王論考の最も先見的な部分といってよい。
しかし、王の見通しには明確な限界もあった。第一に経済である。王は、当時の米中経済摩擦を一九八〇年代の日米摩擦と質的に異なるものとみなしていた。米中の製品は相互代替性が弱く、企業同士が同一市場で正面から競合しないため、補完性は今後も長く持続すると判断していた。この判断には当時として一定の根拠があったが、その後、中国企業が先端技術を基盤とする幅広い製品、サービス市場で米国企業と直接競合するようになり、代替性の低さという前提そのものが崩れた。さらに、王が安定要因とみた経済的補完性は、輸出管理やサプライチェーン再編の進展によって、安全保障上の脆弱性を伴う相互依存として捉え直された。
第二に軍事である。王は、米ソ冷戦が世界各地に火種を抱えたのと対比して、将来の米中軍事危機の衝突点はほぼ台湾海峡に限られ、中国周辺の外には拡大しないと想定した。しかし現実には、火種は南シナ海、東シナ海から西太平洋全域の海空域、さらにサイバー・宇宙へと横断的に拡散した。二〇二六年の達論考が、経済・技術・軍事の各領域で接続と分離の境界を定める必要を説くのは、まさにこの拡散の帰結である。要するに王は、地域覇権をめぐる矛盾を早くから捉えた一方、それが経済、技術、軍事の各領域へ波及し、米中関係全体を組み替えていく過程までは見通していなかった。もっとも、これは当時の分析の誤りというより、その後に生じた構造変化の大きさを示していると考えるべきだろう。
達の中国は、もはや「体系の下」で台頭する国家ではない。彼は「美国是最強一極、中国則是緊随其後的強極(米国は最強の一極であり、中国はそれに続く強い一極である)」とし、現在の国際構造は、米中という二つの中核をもつ多極構造(原文は「双核多極」)と表現し得ると述べていた。さらに米中関係を、「戦略上相互独立甚至相互競争的両個最強国之間的関係(戦略的に相互に独立し、さらには競争する二つの最強国の関係)」と規定した。
これは米中が完全に対等になったという主張ではない。達は米国を「最強の一極」、中国をそれに続く「強極」としており、能力上の非対称性を認めている。また「G2」も否定する。二篇の論考をつうじて描かれた変化の核心は、米中間の国力差の解消ではなく、秩序形成における中国の主体性の高まりにある。中国は、米国から与えられた条件に適応するだけの側から、米国との相互作用の条件を交渉する側へ移った。二〇〇五年の中国は秩序の参加者であり、二〇二六年の中国は秩序の主要な交渉主体なのである。
ただし、この多極構造観は、精緻な国際体系論というより、移行期の国際構造を捉えるための記述的概念である。米中が総合国力で他国を大きく上回るのであれば、その構造は「非対称な二極構造」とも表現し得る。他方、達が他の「極」や中等国の拒否力を多極化の重要な特徴として論じるのであれば、何を基準に国家を「極」とみなすのか、また「極」と中等国をどのように区別するのかを明確にする必要がある。それでも、この表現は、中国が自国を単なる新興国ではなく、世界秩序形成の中心的主体として位置づけていることを示す点で重要な意味を持つ。
四.「拡張する覇権」から「多極化のなかの最強国」へ
米国の位置づけも反転した。王は「中国崛起是在美国覇権拡張的歴史時期開始並持続的(中国の台頭は、米国覇権が拡張した歴史的時期に始まり、持続してきた)」と述べ、中国が台頭するなかでも米国の覇権的地位は弱体化していないと判断した。この併存の事実が、米中対立は不可避ではないという王の結論を支えた。王にとって米国主導秩序は、中国を制約する構造であると同時に、その内部に中国の発展と台頭の余地を残す国際的枠組みでもあった。
これに対し、達は論考の冒頭で、「パクス・アメリカーナ(美国治下的和平、Pax Americana)」は終わったが、「ポスト・アメリカ時代(後美国時代、Post-American Era)」はまだ到来していない、との見方に基本的に同意している。この区別が、達の米国認識の核心である。達は、「美国在二戦後構建、冷戦後拡展至全球的制度性覇権体系已然終結、不過美国仍是世界上最強大的国家(米国が第二次世界大戦後に構築し、冷戦後に世界へ拡大した制度的覇権体系はすでに終結したが、米国は依然として世界最強の国家である)」と述べている。すなわち、達は、米国の国力上の優位と制度的覇権体系の持続とを切り分けているのである。したがって、達の米国論は単純な「米国衰退論」ではない。人工知能をはじめとする技術革新によって、米国が再び国力を高める可能性にも相当の紙幅を割いている。達によれば、地理的拡張や大規模な制度改革が困難となった米国にとって、技術革新は「実力を再興するほぼ唯一の経路」である。
しかし、達の「美国背叛美国(米国が米国を裏切る)」という説明には、中国が秩序変動に果たした役割を後景化する言説上の効果もあると考えられる。米国覇権の衰退を、覇権維持のコスト、国内分裂、米国自身による国際制度の解体を中心に説明することで、達は中国を、既存秩序を揺るがした主体ではなく、米国自身が生み出した秩序移行に対応する国家として描くのである。この説明は、米国覇権の内在的な脆弱性を描き出す一方で、中国の国力増大と対外行動が他国の警戒や対抗措置を招き、それが米中競争を強めてきた相互作用を十分に取り込んでいない、と言って良い。
また、「制度的覇権体系はすでに終結した」という判断も、何をもって終結と判定するのかが明示されておらず、なお検証を要する。米国の同盟網、先端技術上の優位、国際制度における影響力が、いずれも失われたわけではない。覇権を支える軍事、金融、制度、技術、正統性の各基盤は、同じ速度で後退するわけではない。したがって、達の命題は、確定した歴史的事実というより、米国が国際制度を支える能力と、米国主導秩序の正統性が大きく低下したという強い時代認識として読むのが適切だろう。
五.制度参加から境界管理へ
王と達の論考の核心的な相違は、国際秩序の安定を何に求めるかという処方箋にある。
王が米中関係の安定要因として重視したのは、既存の国際制度への参加と経済的補完性であった。なぜなら王は、中国が既存の国際制度に参加し、反米同盟を形成する意図も、自国の政治制度やイデオロギーを他国に押しつける意図もないことを示すことで、米国の警戒を和らげることができると考えたからである。米国の対中政策を「両面下注」、すなわち協力と警戒を並行させる政策と捉えた王は、中国が「争取美国在合作方面下的『注』多一些、在防範方面下的『注』少一些(米国の対中政策において、協力の比重が高まり、警戒の比重が下がるよう働きかける)」べきだと論じた。これは、覇権国への安心供与を通じて、非対称な関係のなかで自国の行動余地を広げる適応戦略である。
これに対し、達が秩序を安定させるうえで重視するのは、制度参加よりも境界設定である。彼は米中に「新たな交渉」が必要だとし、経済関係について「哪些領域可以掛鉤、哪些不能(どの領域を接続し、どの領域を接続しないか)」を決め、技術と軍事の領域でも改めて「劃界(境界を引く)」必要があると述べた。ここでの課題は、相互依存を最大化することではなく、安全保障上許容しうる接続の範囲を定めることである。
したがって、変化は相互依存から全面的なデカップリングへの移行ではない。相互依存の拡大を安定要因とみる発想から、安全保障上の境界を伴う管理された相互依存への移行である。二〇〇五年には、開放、制度参加、経済的補完性の深化が関係の安定をもたらすと期待された。二〇二六年には、相互依存は利益の源泉であると同時に、相手に利用され得る脆弱性の源泉ともみなされる。経済、技術、軍事の各領域で、どこまで接続し、どこから分離するかを交渉しなければならない。
安定を表す言葉も変わった。王が重視したのは「戦略互信(戦略的相互信頼)」である。これに対し、達が安定の形として示すのは、双方にとって最善ではないが受け入れ可能な「並行不悖、和平共存(相互に妨げず、平和共存する)」状態であり、そのための「建設性戦略穏定関係(建設的な戦略的安定関係)」である。前者は、制度参加と安心供与を通じて相互信頼を形成しようとする安定である。後者は、相互信頼の成立を前提とせず、接続可能な領域、制限すべき能力、許容される行動を定める安定である。安定の原理は、王論考から達論考までの二十一年間に、信頼形成から競争管理へ、接続の拡大から接続範囲の画定へ移った。
六.変わらない思考の型
もっとも、二人の思考様式には重要な連続性がある。王は論考の末尾で、国際的な権力配置の変化が必然的に秩序の混乱をもたらすと考えるべきではなく、国家およびその内部の行為主体がもつ「主観能動作用(主体の能動的作用)」を無視してはならないと論じた。達も、米中両国が「牽着問題走(問題を主導して進む)」のか、「被問題牽着走(問題に引きずられて進む)」のかを区別した。主体的な調整によって新たな均衡を形成するか、摩擦と対抗を重ねた末に新たな均衡へ追い込まれるかは、政策選択にかかっているというのである。
両者とも、米中間の構造的な競争関係を否定しない。しかし、その競争が自動的に戦争へ転化するとは考えない。王は米国覇権の強固さを認めることで、米中対立を不可避とみなす見方を退けた。達は米国の制度的覇権の終結を論じる一方、米国はなお世界最強国であり、技術革新によって国力を再び高め得ると指摘し、中国の優位を既定視する見方に距離を置く。変化したのは世界構造についての判断であって、相手の力を過小評価せず、政策選択によって破局を回避しようとする思考の型ではない。
この連続性を補強するのが、二〇二六年の王自身の議論である。王はデイヴィッド・M・ランプトンとの共著論考を米誌『フォーリン・アフェアーズ』二〇二六年三・四月号に発表し、両国が互いの目標と相互作用の様式を再調整し、新たな「正常化」を実現するための時間的余裕は乏しいと論じた[3]。その中国語訳は「重新校準中美関係:何不争此朝夕?(米中関係を再較正する――なぜ一刻を争わないのか?)」と題され、達論考の結語にも「重新校準」という表現がみられる[4]。
ただし、前者は翻訳であるため、語彙の一致を王と達による独立した選択とみなすことはできない。重要なのは、二人がともに、競争を前提に関係を再設定し、管理された共存を構築する必要を説いている点である。二〇〇五年に「体系内の台頭空間」を論じた王は、二〇二六年には達と近い処方箋を提示している。この近接は、世界構造についての判断が変化しても、政策選択によって対立を管理しようとする思考の型が維持されていることを示す。
さらに、この比較では媒体の違いにも注意が必要である。王論考は、覇権を複数の領域に分けて分析する学術論考である。これに対し、達論考は『世界知識』の「覇権の宿命」特集に収められたインタビュー形式の時事論考であり、編者手記は、米国が覇権の慣性のなかで「抜け出しがたい衰退の苦境」に陥りつつあるという枠組みを前面に出している。達がその一方で、米国はなお世界最強国であると明言することは、この衰退図式を相対化している。したがって、二篇の差異を時代認識の変化だけに還元することはできない。そこには、著者の問題関心と媒体の性格の違いに加え、中国国内の公的言説環境の変化が反映されている可能性もある。
七.日本にとっての含意
王論考は、日本の位置づけについても重要な記述を含んでいた。王によれば、戦後の米国は日本を事実上「軍事控制(軍事的統制)」の下に置き、経済、政治の両面でも「敲打日本(日本を牽制する)」ことを続け、日本が地域で米国覇権に挑戦する可能性を排除してきた。また王は、米国が地域覇権を維持するため、中国と周辺国の矛盾を利用して「漁夫の利」を得ようとし、特殊な事情から、日本は今後も「米国に依拠し、中国との関係を疎遠にすることも辞さない」とみた。これらの記述には、その後の日中関係と日米関係の展開と重なる部分がある。より重要なのは、この論考で日本が、独自に秩序を形成する主体というより、米国の地域覇権と中国の台頭の間に位置づけられる存在として描かれていたことである。
これに対し、達は日本に直接言及していない。だが、他の「極」や中等国は、国際秩序の帰趨を決められなくても、大国の意思に従わない力を増しており、これらの国が従わなければ、大国も自らの意思を押し通せないことが多いと論じる。この一般論を日本に当てはめて考えれば、日本はワシントンの決定に追随するだけの存在ではなく、独自の選好をもち、大国が協力を取り付けるには交渉を要する相手として捉えられる。この含意は、日本にとって両義的である。
米中が経済、技術、軍事をめぐる「境界」を二国間で交渉すれば、半導体やサプライチェーンを含む日本の産業基盤と安全保障環境が、日本の関与しない交渉によって左右される危険がある。他方、大国も他の「極」や中等国の意向を無視できないという認識に立てば、日本が協力するか否かは、北京にとって無視できない条件となる。これは日本への善意でも、日本を対等な相手として認めることでもない。大国の意思にも限界があるという現実の認識にすぎない。だが、日本が協力の条件と限界を明示すれば、北京の対日政策判断に影響を及ぼしうる。この両義性こそ、日本がこの二篇を精読すべき理由である。
八.二十一年間の変化と連続性
二篇が示す変化は、三点に整理できる。第一に、世界構造を規定する主語は米国覇権から多極化へ移り、中国は米国主導秩序の内部で台頭する国家から、秩序の主要な交渉主体へと位置づけ直された。第二に、米中関係を安定させる処方箋の重心は、国際制度への参加と相互依存の拡大から、経済・技術・軍事上の境界管理へ移った。第三に、安定を構想する中心概念は、戦略的相互信頼から戦略的安定へ移った。
この変化を、単に「中国が強くなり、米国が弱くなった」結果とみるべきではない。より根本的な変化は、中国が、米国主導秩序を所与の発展条件として活用する国家から、秩序の条件そのものを交渉し、その形成に関与する国家へと自らを位置づけ直したことにある。二〇〇五年の問いは、米国覇権の下で中国にどこまで台頭の余地があるかであった。二〇二六年の問いは、米国の制度的覇権の終結が語られる世界で、米中がどのような境界を引き、いかなる共存の形を築くかである。
他方、王と達に共通する思考の核心は失われていない。米中間の構造的競争を認めながら、それを戦争の宿命とはみなさず、政策選択によって競争を管理し、破局を回避しようとする姿勢である。二〇二六年の王と達の議論が、ともに関係の「再較正」、すなわち競争を管理するための関係の再設定を求めていることも、この連続性を示している。思考の型が連続しているからこそ、二篇の結論の大きな相違は、中国の対米・国際秩序認識の重心が二十一年間にどこまで移動したかを、いっそう鮮明に映し出すのである。
[1] 王緝思「美国覇権与中国崛起」『外交評論』総第八四期、二〇〇五年第五期、十三-十六頁。
[2] 達巍「多極化時代的美国」『世界知識』二〇二六年第十三期、https://mp.weixin.qq.com/s/4aj3WUABMtD_XE_04BBanQ
[3] 蘭普頓(David M. Lampton)、王緝思「重新校準中美関係:何不争此朝夕?」。英語原文は、David M. Lampton and Wang Jisi, “America and China at the Edge of Ruin: A Last Chance to Step Back From the Brink,” Foreign Affairs, March/April 2026, https://www.foreignaffairs.com/united-states/america-and-china-edge-ruin-lampton-jisi 。中国語訳は張誠楊氏、校正は趙建偉氏。北京大学国際戦略研究院ウェブサイトに転載。https://www.iiss.pku.edu.cn/info/1015/6808.htm
[4] 「校準」とは、計測機器のcalibration、すなわち機器の目盛りを正しく調整することを指す中国語の技術用語であり、日本語の定訳は「較正」にあたる。本稿では「重新校準」を「再較正」と訳す。