第27回 ベトナムの風水 竹森紘臣

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第27回 ベトナムの風水

ベトナムはおおくの宗教が混ざり合っている国だ。特に道教はベトナムの人々の生活の中に根付いている。人口の80%以上が仏教徒で、日本と同じ大乗仏教であるといわれている。しかし仏教寺院の中に道教の神様の像が置いてあることがしばしばある。他にも、以前こちらでも紹介したテトのときにお祀りする竈の神様も道教が起源であるといわれている。道教は中国からもたらされたものであるが、仏教の伝来よりもその時期が早かったため、すでにベトナムに浸透していた道教の習慣が根強く残っていったものである。またベトナムにはいくつの道教寺院があるが、ハノイの西湖のほとりにある鎮武観(写真1)はそのうちのひとつで、外国人にも人気のある観光スポットになっているが、もともとはハノイの城の北の守り、つまりは中国からの侵略のお守りとして長年にわたり祀られてきた。正確な建設時期などはわかっていないが11世紀ごろにつくられた説がある。現在の京都に平安京が建設されたときに考えられていたのと同じように、ハノイの都市計画にも道教の教えが深く関連しており、その関連を示した古地図なども残されている。



普段の生活に関わる行事はかなりの部分を道教によるところがおおい。そのひとつが建物を建てるときに、建物の方角や配置などいろいろなことを規定する「風水」である。道教はもともと中国の土着的な宗教で、日常生活のいろいろなことを規定している。そのうちのひとつに住宅に対する決まりがあり、それに特化してまとめたものが「風水」とされている。ベトナムの風水もその流れを汲むものである。建築士という職業柄、私も触れる機会のおおい風水について少し紹介したい。

まず日本の皆さんが思い浮かべる風水というのはどんなものだろうか。「ドアの色を黄色にすると運気が上がる」というインテリアについての風水が何年か前に日本で流行ったが、ベトナムの風水の指示はもう少しダイナミックだ。家の方角、キッチン、トイレなどの諸室の位置からベッドの頭の方角など、日本でいうと家相学的なことが占われるのであるが、その建物のオーナーの年齢や建設の年によってその向きや位置が変化するのがベトナムの風水の大きな特徴ではないだろうか。そのため2018年に完成予定で占ってそれに従って計画した建物も、工事が2019年まで伸びてしまうと計画を変更しなければならないなど、設計する人間にとっては非常に不自由な部分がおおい。例えばトイレの便座の方向も決められてしまうので非常に使いにくいトイレがあったり、階段の段数も左右されるためちょっと急な階段やちょっと緩い階段があったりする。



風水はベトナム語ではPhong Thuyと呼ばれているが、これは「風水」のベトナム語読みである。ベトナムの風水は道教の五行に基いている。裕福な家や設計を建築士に頼む人たちは、建築士とは別に風水師を雇う。風水師の占いの結果はだいたいの場合において建築士の意見よりも上位にある。住宅、レストラン、その他のすべての建物において風水の影響は今でも絶大である。

また建築士も風水師を雇わないような場合でも現場で風水を見ながら諸室の配置や向きが決定される。(写真2)工事を行う者には簡単な風水をよめる人間がいて、施主と相談しながら建物のデザインを決めていく。少し前の日本で家相や地域の言い伝えによって大工と建て主が間取りや屋根の向きを決めて建物を建てていたのと似ている。道教が伝わって1000年以上がたち、都市の状況、建物を取り巻く環境、人々の生活が大きく変化した現在のベトナムで風水によって建物をデザインを決定するのは不合理のようにも思われる。若い世代は少しずつその意識が弱まっていくなかで、そのよい部分を見極めて少しでも残っていってほしいベトナム人の習慣だとも思う。



 
写真1枚目:鎮武観(ハノイ、ベトナム)
写真2枚目:現場に書かれた五行図(ハノイ、ベトナム)
map:鎮武観 (ハノイ、ベトナム)

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