第581回 隣国侵略が招いたロシアの外交的帳尻 伊藤努

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第581回 隣国侵略が招いたロシアの外交的帳尻

ロシアによるウクライナ軍事侵攻は10月下旬で早くも8カ月を迎える。軍事力では劣勢のウクライナ側が政府軍兵士の高い士気に加え、欧米諸国から武器供与などで強力な軍事支援を受けて反転攻勢に転じ、停戦・和平の出口が見えないまま、戦況は長期化の様相を強めている。予想外の苦戦を強いられたロシアのプーチン大統領は、侵攻した自国軍兵士に数万人規模の死傷者が出たため、兵力不足を補おうと、禁じ手だったはずの予備役兵の動員令を出すなど部隊編成の立て直しに懸命だ。

今回のウクライナ侵攻は長期的な作戦計画に基づいて準備されてきたというのが大方の軍事専門家の見方だが、侵攻に踏み切ってから8カ月近くが経っても、当初の最大の作戦目標とされたウクライナ東部のドンバス地方全域の制圧に程遠い状況は、プーチン大統領にとって大きな誤算であるのは間違いない。ロシア国内では、9月下旬に30万人規模といわれる部分動員令が出されて以降、「無駄死に」を強いられる徴兵を回避しようと近隣諸国に急ぎ出国する若者らが続出する一方、対ウクライナ強硬派の民族主義者からは国防相や軍司令官の無能ぶりを非難する声が相次ぐなど、プーチン政権にも逆風が吹き始めている。

このように、8年前のクリミア半島併合なども踏まえ、プーチン大統領が用意周到に始めたはずの軍事侵攻が思い通りに進んでいないことに加えて、ロシアという国家が受けた外交的、経済的な打撃の大きさもかつてない規模に及ぶ。

まず何よりも、国連憲章や国際法を踏みにじる隣国への一方的侵略という暴挙により、欧米など西側諸国との関係が決定的に悪化し、ロシアの国際的孤立が一段と深まったことだ。欧州でこれまで、外交と安全保障では中立政策を伝統としてきた北欧のスウェーデン、フィンランドの両国も北大西洋条約機構(NATO)に加盟する道を選んだ。ロシアが嫌うNATO拡大を結果的に招くという皮肉な展開となった。

また、ロシアとは長年にわたり良好な関係を維持してきた中国、インドというアジアの友邦も、西側主導の厳しい対ロシア制裁には与しないものの、ウクライナ侵攻は同国の主権と領土保全を侵害するものだとして、ロシアの立場を支持せず、一線を画している。さらに、ロシアが自国の勢力圏と見なしている中央アジアでも、カザフスタンがウクライナ侵攻には極めて批判的で、ロシアとの関係が冷却化した。

中央アジアではカザフスタンを含む幾つかの旧ソ連諸国を盟主格のロシアが束ねてきた経緯があるが、ウクライナ侵攻後はこの地域におけるロシアの求心力が急速に低下している。ロシアは旧ソ連諸国に軍事基地を置くなどして、中央アジアの治安を安定化させる「警察」の役割を果たしてきた。しかし、苦戦するウクライナ侵攻に兵力を集めた反動で、旧ソ連諸国一帯に「力の空白」を招き、アゼルバイジャンとアルメニア、キルギスとタジキスタンなど不安定化した地域では武力衝突も相次ぎ、混乱が広がる。

ロシアへの打撃は外交・安全保障分野にとどまらない。米国、欧州連合(EU)、日本などの西側諸国がほぼ足並みをそろえて、かつてない厳しい対ロシア制裁に踏み切り、グローバル経済に組み込まれていたロシアとのつながりを事実上断つという荒療治に打って出たからだ。ロシアに進出していた西側企業のうち、1000社以上が同国での事業に見切りをつけ、相次いで撤退したことも、今後のロシア経済にはボディーブローのように効いてくるだろう。

こうした展開は自業自得だが、侵攻したウクライナの占拠地域などでロシア軍部隊が行ったとされる枚挙にいとまがない残虐・非道極まる戦争犯罪の追及も、国際的な協力の下で着実に進んでいる。プーチン大統領をはじめクレムリンの支配者階層に対する戦争責任、莫大な戦後賠償を求める声が高まっていくのは必至だ。独善的な隣国侵略の外交的帳尻は現段階ですでに、ロシアにとって国家的衰退につながりかねない痛手を受けたと言えるのではないか。

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