第2回 世界遺産をめぐるタイとカンボジアの銃撃戦  直井謙二

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第2回 世界遺産をめぐるタイとカンボジアの銃撃戦

去年の秋、タイとカンボジアは砲火を交えるほど関係が悪化した。
理由は両国の国境にまたぐように建つ世界遺産プレアビヒア寺院付近の領土問題がこじれたからだ。9世紀から11世紀にかけてクメールの聖地に建立されたプレアビヒア寺院は歴代のアンコール王が参拝する由緒ある寺院だ。
境内はカンボジア領だが山門はタイ領になっている。さらにカンボジア平原から見ると境内は600メートルの崖の上にあり、タイ領土にある山門を通らなければ境内に入れない。

80年代のカンボジア内戦時にはポル・ポト派の拠点となり、ヘン・サムリン政権と激しい砲撃戦が繰り広げられた。ポル・ポト派にとってカンボジア平原を見渡せるプレビヒア寺院は最適の軍事拠点となった。

タイ軍と良好な関係があったこともポル・ポト派兵士にとって有利だった。内戦が収まりポル・ポト兵が姿を消した直後の98年にプレアビヒアを取材した。境内には砲弾が残り、遺跡の壁には銃撃の跡が残っていた。また遺跡の横には最近まで火を噴いていたポル・ポト派の大砲が残っていた。(写真)


それでも地雷が埋まっていなかったことから、内戦終結直後から観光地として大勢のタイ人でにぎわっていた。観光産業を運営していたのは国境警備の仕事を失ったタイ軍だ。観光ガイドを行うなどタイ軍兵士には貴重な収入源になっていた。内戦で国力を失ったカンボジアは横目で眺めるだけだったが、アンコール観光などで最近は徐々に国力を回復してきた。

一昨年、カンボジアが単独で世界遺産への申請を行ったことから、タイとカンボジアの関係がギクシャクし始めた。カンボジアにとってみればプレアビヒアは先祖のクメール人が建立したものだし、寺院の建っている境内はカンボジア領、観光収入はカンボジアに入るべきだというわけだ。道路整備や観光ガイドなどを養成してきたタイ軍はそれなら山門を封鎖し、境内に入れないようにすると強硬な姿勢をとった。さらにタイではタクシン対反タクシンの政治的激突が起きた。カンボジアでビジネスを展開したいタクシン元首相がカンボジア側の肩をもった発言をしたこともタイの混乱に拍車をかけ、観光産業が打撃を受けた。一方、カンボジアもアンコール遺跡の観光はタイの首都バンコクを経由するのが便利なことから、観光に悪い影響を与えた。観光産業からの外貨獲得が欠かせない両国は外相会談などを重ね銃撃戦も小康状態が続き、4月からプレビヒアの観光が再開される予定だった。しかし、4月には入って再び小競り合いが始まった。両国の観光産業への影響が再び懸念されている。


  
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